雪国でバナナを実らせる夢 63歳元薬剤師の挑戦
福井市郊外の農地。一面の雪景色の中、ビニールハウスがひっそりと立っている。外気温は2度、積雪20センチという厳寒の中、ハウス内は別世界だ。天井まで伸びた青々としたバナナの葉が茂り、南国のような風景が広がっている。ここで「越前ばなな」と名付けられたバナナが栽培されている。
耐寒性苗と温度管理が成功のカギ
熱帯原産のバナナを雪国で育て、通年出荷する「越前ばなな」。この不可能と思われた挑戦を可能にしたのは、特別な技術だ。苗植え前の段階で耐寒性を持たせる処理を施し、室温15度を自動で保てるハウスを採用している。「温度管理がすべてのカギです」と語るのは、栽培を手掛ける江島尚希さん(63)。
江島さんがバナナ栽培に目覚めたきっかけは、市内の民家の庭で見た大きな葉だった。実はバナナの仲間であるバショウの葉を誤認したものの、「福井でも育つのか」という驚きが行動の原動力となった。「ピンときたら即行動」の性格を持つ江島さんは、薬剤師として勤務していたドラッグストアを定年前に退職。2021年、福井県の「ふくい園芸カレッジ」に入学した。
「無理」と言われても諦めない情熱
当初、バナナ栽培の夢を聞いた指導員からは「無理」と厳しい言葉を投げかけられた。しかし江島さんは諦めなかった。岡山県の苗販売会社を見つけ、約3か月間の現地実習を受講。農地を確保し、ハウスを建設するという困難な道のりを歩んだ。
2023年10月、長男の康介さん(30)とともに150本の苗を植え付け、栽培を開始。品種は糖度が高く、もちもちとした食感が特徴の「グロスミシェル」を選んだ。害虫対策に苦労しながらもオーガニック栽培にこだわり、現在では年間2万本の収穫を見込めるまでに成長している。
地元に根差した販売戦略
収穫された「越前ばなな」は、JA福井県の直売所を中心に販売されている。3~6本入りで600円(税込み)と輸入品より価格は高いが、お土産用として好評を博している。さらに今月からは、福井市の産品を扱うオンラインサイト「ふくいさん」で冷凍カットバナナの販売も開始された。
現在の課題は、暖房にかかる経費だ。灯油などに依存しないコスト削減方法を模索中という。江島さんは「軌道に乗れば栽培本数を増やし、障害者の雇用も進めたい」と語る。「魅力のある職場を作り、手頃な値段で多くの人に届けたいですね」という言葉に、地域への深い愛情が込められている。
雪国福井で芽生えた小さな夢が、今や確かな実を結びつつある。江島親子の挑戦は、農業の新たな可能性を示すとともに、地域活性化のモデルケースとして注目を集めている。