惣十郎は背をのけぞらせて笑い、弥平の天邪鬼な性格を指摘した。お霜もそれに応じ、弥平の頑固さは変わらないが、良い方向に変化した部分があると語る。特に、以前はほとんど話さなかった弥平が、今では板間の仕事を終えた後、夫婦で様々な会話を交わすようになったという。
夫婦の絆と幸せな瞬間
お霜は、愚痴や泣き言も含む会話が、自分にとって幸せな時間であると明かす。作業場の方へ目をやり、肩をすくめる仕草を見せたが、それは無理に明るく振る舞っているだけではないようだ。完治はこの様子に安堵し、霞がかった温かい風を吸い込む。身体の奥にこびりついていた悔恨が、少しだけ剥がれたような感覚を覚えた。
信頼と人間関係の深み
惣十郎は梨春を信用できると述べ、安心して診てもらうよう勧める。お霜と別れた後、惣十郎は懐手して町をそぞろ歩き、完治は黙って従う。両国橋に差し掛かったところで、惣十郎は年が明けたばかりなのに桜が散っている早さに驚き、懐かしげにあたりを見渡す。ここは田谷が弥平からもらった棕櫚縄を使って見世物小屋の改修を手伝った場所である。
惣十郎は改めて礼を言い、初手から田谷が怪しいことに気付いていたことを称える。完治は、惣十郎が周囲の者を信じて生きてきたことに思いを馳せる。鋭く人の本質を見抜く目を持ちながらも、どこかで相手を信じたいと願っている惣十郎と、誰も信じぬと決めて歩んできた自分では、見えている景色が大きく異なることを実感する。