豊浜トンネル事故から30年、岩盤崩落で20人犠牲の悲劇を振り返る
豊浜トンネル事故30年、高校生亡くした親たちの今

豊浜トンネル事故から30年、岩盤崩落の記憶と遺族の思い

1996年2月10日午前8時過ぎ、日本海に面した北海道古平町の国道229号豊浜トンネルで、大規模な岩盤崩落事故が発生しました。入り口から約40メートルの地点で、推定5万トンもの岩盤が崩れ落ち、路線バスに乗っていた高校生ら19人と乗用車の1人、計20人が下敷きとなり犠牲となりました。

事故から7日後、遺体が運び出された悲劇の瞬間

当時高校2年生だった長女の麻美さん(17歳)を失った村上路子さん(75歳)は、事故から30年が経過した今も、当時の記憶を鮮明に語ります。「娘の遺体が運び出されたのは事故から7日後でした。かわいそうな状態でした」と振り返ります。麻美さんは友人と札幌の雪まつりを見るため、小樽行きのバスに乗車していました。

路子さんは事故当日、友人からの電話でバスが到着していないことを知り、不安に駆られました。「バス会社に問い合わせたのですが、バスは着いていない。もしかして、と」と当時の混乱を語ります。青いシートに包まれてトンネルから運び出されたバスの車体は、1996年2月18日午後2時40分に報道され、事故の深刻さを全国に伝えました。

30年経ても癒えない遺族の傷

豊浜トンネル事故は、単なる交通災害ではなく、地域社会に深い傷を残しました。犠牲者の多くは若い高校生で、未来を奪われた無念さが遺族の心に重くのしかかっています。事故現場には現在、新しい豊浜トンネルが建設され、安全対策が強化されていますが、旧トンネルの跡は当時の惨事を静かに物語っています。

路子さんをはじめとする遺族たちは、毎年命日に現場を訪れ、犠牲者を悼むとともに、事故の教訓を後世に伝える活動を続けています。この事故は、トンネルの安全基準の見直しや岩盤管理の重要性を社会に問いかけ、日本のインフラ整備に大きな影響を与えました。

30年の歳月が流れても、遺族の悲しみは色あせることはありません。事故の記憶を風化させないため、報道や追悼行事を通じて、安全への意識を高める努力が続けられています。豊浜トンネル事故は、自然の脅威と人間の脆弱さを思い起こさせる、忘れてはならない歴史の一ページです。