えひめ丸事故から25年、追想式で犠牲者を追悼し風化防止を誓う
えひめ丸事故25年、追想式で犠牲者追悼と風化防止誓う

えひめ丸事故から四半世紀、追想式で犠牲者を追悼し記憶の継承を誓う

愛媛県宇和島市で、2001年2月9日(日本時間10日)に発生したえひめ丸事故から25年の節目を迎え、「追想の日」式典が愛媛県立宇和島水産高等学校で執り行われました。全校生徒や遺族、関係者ら約250人が参列し、犠牲となった9人の冥福を祈るとともに、事故の風化防止と船舶の安全運航を強く祈念しました。

厳かな鐘の音と黙祷で犠牲者を追悼

式典では、事故発生時刻の午前8時43分に合わせ、現在も海に沈むえひめ丸から引き揚げられたが犠牲者の数と同じ9回鳴らされました。参列者全員が慰霊碑の前で深い黙祷を捧げ、一人一人が献花台に菊の花を供えることで、亡くなられた方々への哀悼の意を表しました。

校長の強い決意と生徒の継承への思い

川野光正校長は式辞の中で、犠牲者全員の名前を丁寧に読み上げ、「この悲劇を断じて風化させてはならない」と強く訴えました。さらに、生徒たちに向けて「命の尊さ、日常の安全、そして平和のありがたさを深く考え、これからの人生を力強く歩んでいってほしい」と呼びかけ、教育者としての重い責任を改めて示しました。

生徒会長を務める水産増殖科2年山下遼大さん(17)は、「この事故の記憶と教訓をしっかりと受け継いでいきたい」と語り、若い世代が歴史を継承していく決意を明らかにしました。

事故の概要と社会的影響

えひめ丸事故は、2001年2月9日(日本時間10日)、米ハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高校の実習船えひめ丸が、緊急浮上した米原子力潜水艦グリーンビルに衝突され沈没した痛ましい事件です。この事故により、実習生4人、教員2人、船員3人の合計9人が尊い命を失いました。

四半世紀が経過した今でも、この事故は海事安全国際関係における重要な教訓として記憶され、毎年の追想式を通じて、その悲劇が風化することなく後世に伝えられています。