「生きたかっただろうな」母が飲酒運転と向き合った15年、講演1600回超え
母が飲酒運転と向き合った15年、講演1600回超え

「生きたかっただろうな」母が飲酒運転と向き合った15年、講演1600回超え

福岡県粕屋町で2011年、飲酒運転の車に高校生2人がはねられ、死亡した事故から、2026年2月9日で15年が経過した。息子を奪われた山本美也子さん(57)は、この間、全国で1600回を超える講演活動を続けてきた。彼女の願いは「怒りや憎しみではなく、思いやりで社会を変えたい」という強い思いに支えられている。

事故から15年、変わらない現実と母の決意

今月6日、佐賀市で行われた講演会では、運送事業者など約270人の前で、山本さんは力強い声で訴えた。「15年経っても、飲酒運転はなくならない。飲酒運転ゼロが当たり前だと、大人の私たちが言い続けないといけない」と語り、社会全体の意識改革の必要性を強調した。

自宅のリビングには、高校1年生だった長男・寛大さんの写真が飾られている。山本さんはその写真を見るたびに、「生きていたらどうだったかな。生きたかっただろうな」と想いを巡らせる。2011年2月9日、事故当日は、近くの小学校で読み聞かせボランティアの日だった。急いで家を出る際、「かあちゃんは早く家を出るけんね。朝ご飯、ここよ」と声をかけたが、顔も見ずに去ったことが、今も胸に突き刺さっている。

「酔っ払いメガネ」で体験を共有、予防教育に尽力

講演では、飲酒状態が体験できる「酔っ払いメガネ」を紹介し、視覚的に危険性を伝える工夫も行っている。山本さんの活動は、単なる告発ではなく、加害者と被害者の双方への理解を深めることを目指している。専門家からは、犯罪研究の「被害者学」の枠組みだけでは捉えきれない重みがあると指摘され、「たまたま彼が事故を起こして、加害者になった」という視点の転換が重要だとされている。

15年間の活動を通じて、山本さんは飲酒運転の根絶に向けて、教育や啓発の重要性を訴え続けている。彼女のメッセージは、個人の悲劇を超え、社会全体の安全意識を高めるための貴重な提言として、多くの人々に受け止められている。