スノーボード・アルペンの竹内智香選手、27年の現役生活に幕 五輪7連続出場の軌跡
竹内智香選手が現役引退 五輪7連続出場の27年

竹内智香選手、27年間の競技人生に終止符 五輪7大会連続出場の偉業

旭川市出身のスノーボード・アルペン選手、竹内智香(42)が、2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックを以て、27年間に及ぶ現役生活に幕を下ろした。2002年から7大会連続で五輪の舞台に立ち、2014年ソチ大会では銀メダルを獲得するなど、日本スノーボード界に大きな足跡を残した。

海外挑戦と心の変化 反骨精神から成長へ

竹内選手は、自他ともに認める芯の強い性格で知られる。2006年トリノ大会で9位に終わった後、「実力か環境の差かを試したい」と直談判し、スイス代表の練習に参加。当時、日本ではスノーボード・アルペンがマイナー競技で強化体制が整っておらず、戸崎啓貴代表コーチは「日本にいたままでは勝てないという思いがあったはず。あの頃は精神的にとがっていた」と振り返る。

スイスでは下宿先でベビーシッターをしながら語学学校に通い、高いレベルの仲間と練習を重ねた。「勝ちたい、は消極的。私が勝つ、と口にださなきゃ勝てない」と語り、厳しい環境で育まれた感謝から、スイス国旗を表彰台で掲げようとしたこともあった。また、「日本の環境に不満があって、メダルを取ってやり方が間違っていると証明したい」という思いが、異国での戦いの原動力となった。

銀メダル獲得と精神的苦悩 後進育成への転換

しかし、反骨精神だけでは結果は伴わず、2010年バンクーバー大会ではメダル候補ながら13位に沈んだ。その後、日本にも活動拠点を置き、2014年ソチ大会で銀メダルを獲得。戸崎コーチは「『日本チームを捨てた』などの批判から精神的につらかった時もあったはず。ただその行動があったから、今では海外に積極的に挑戦するトップ選手が増えた」と語る。

2018年平昌大会では、周囲の期待と現実の差に苦しみ、大会後に2年半の休養を取った。この期間、異分野との交流で視野を広げ、ある経営者から「嫌な思いのままでやめるなんてもったいない」と諭された。復帰後は「勝つだけがすべて」との考えを改め、経験を還元するため後進育成に本腰を入れた。

ゆとりと継承 競技人生のゴールへ

20歳近く離れた練習パートナーには合宿の宿泊先を手配し、自らの時間を割いて技術を伝授。「私もこういう人に出会いたかった、こういう環境が欲しかったうらやましさがあるけど、その時代に生きた宿命。生きた証しは引き継がれていく」と語り、心のトゲは抜け、年輪とともにゆとりが生まれた。

竹内選手は「もう無理かなと思うたびに、踏みとどまる勇気や続ける努力があったから今がある。自分のやりたいようにやれる競技人生は本当に幸せだなと思う」と感慨を込める。スノーボード界にもアルペン種目があることを日本中に知らしめた第一人者が、競技生活のゴールにたどり着いた瞬間だ。