冷戦初期、米英が日本国内12基地を密約で使用 政府頭越しの協定
冷戦初期、米英が日本国内12基地を密約で使用

航空自衛隊小牧基地(右)と愛知県営名古屋空港=2017年3月

米英両軍が冷戦初期の1948年12月、世界各地の基地を相互使用する密約を結んでいたことが29日、機密解除されたオーストラリアの公文書で明らかになった。米軍が接収した日本国内の12施設も対象で、日本政府の頭越しに決めていた。日本を占領していた連合国軍ではなく、米軍統合参謀本部が密約を主導しており、ソ連に対抗する狙いだったとみられる。

米国の意図と日本の立場

米国が終戦直後に間接統治した日本の意向を無視し、世界的な基地ネットワークの構築を進めた背景には、共産主義拡張への警戒感があった。日本は51年にサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を結び、資本主義陣営として歩み始めたが、冷戦初期から在日米軍基地が共産主義に対峙する最前線の拠点としての機能を担わされていた史実が明らかになった。

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密約の具体的な内容

密約は米軍と英軍それぞれが管轄する地域の領空通過権や、占領、管理する飛行場の着陸権を互いの軍用機に付与する内容だ。密約は基地を使う航空隊について「爆撃機3機以内、もしくは戦闘機または小型機6機以内」として大規模になり過ぎないように制約を設けていた。

この密約は、日本が主権を回復する前の占領期に結ばれており、日本政府の関与なしに米英が独自に決定した点が特徴的である。オーストラリアの公文書には、米英間のやり取りや基地リストが詳細に記録されており、日本国内の基地が冷戦の最前線として利用されていた実態が浮き彫りになった。

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