金沢道を抜けて、東海道の程ヶ谷宿に着いた頃には、陽が中天に差し掛かり、強い陽射しが倫太郎の歩を鈍らせていた。それに腹が減っている。これ以上は歩けないと、茶店で茶を頼み、弁当を使わせてもらう。
握り飯を頰張りながら、往還を眺める。東海道はやはり旅人の行き来が激しい。馬や駕籠、徒士がひっきりなしに通って行く。倫太郎はずらりと並ぶ旅籠にも眼を瞠った。旅籠の留女だろう。数十人もの女が、下りも上りもかかわりなく旅人に声を掛け、袂を引く。旅人は足を止めずにそれを振り切る。当たり前だ。まだ陽が高い。明るいうちは、ともかく一町でも稼ぎたい。だが、留女だって負けてはいない。後ろ襟を摑んで旅人を引き倒さんばかりにする。悲鳴やら怒声が辺りに響いている。
倫太郎は旅人と留女の攻防を呆れながら見つつ、握り飯を食い終えた。少し余分に茶代を置いて立ち上がる。
「すまぬが、名物の牡丹餅を食わせる茶店はどこにあるのかな?」
茶店の主人が、ああ、と頷き、
「この先の権太坂を上った処でございますよ。境木の立場の茶店がありますので」
と、指差した。もちろん江戸とは逆方向だ。しかし、そんな些末なことにはかまっていられない。倫太郎は勾配のきつい権太坂を上って、目当ての牡丹餅にありついた。
立場では馬が数頭、水飲み場で水を飲んでいる。その横では、馬子が腰を下ろして煙草を服んでいた。このあたりは高台らしく、茶屋の縁台に腰掛けると、海が見えた。海は金沢では日常的に見ているが、こうして高い場所から眺めると、さらに海の広さを感じる。
「お待たせいたしました」
朱塗りの皿に載せられた牡丹餅はずいぶん高貴な餅菓子に見えた。
「これは美味そうだ」
握り飯を食ったばかりだが、ひとつはあっという間に腹に収まってしまった。餅米と粳米の割合がよく、甘さもほどよい。これは腹持ち抜群の牡丹餅だ。結句、三つ食った。時枝と清乃が食事を終えた後でも甘い物は別腹だといっていたが、確かにその通りだ。ああ、満足だ。倫太郎が腹を軽く叩いたとき、ふと視線を感じた。



