フリーアナウンサー前田真里さんの平和への取り組み
フリーアナウンサーとして活躍する前田真里さん(45歳)は、全国の小学生とその保護者が長崎から平和を発信する「親子記者事業」のボランティアスタッフを務めています。昨年7月には、この事業に参加した小学生記者たちのその後の歩みを追った書籍を出版しました。自身の活動の意義や平和への思いについて、前田さんに話を聞きました。(坂口祐治)
親子記者事業とは
「毎年8月9日を中心に、被爆者や平和活動に取り組む市民へのインタビュー、被爆遺構巡りなどを取材し、記事にまとめて『ナガサキ・ピース・タイムズ』という新聞を発行しています。『日本非核宣言自治体協議会』に加盟する全国360以上の自治体が参加者を募り、2008年から親子9組に参加してもらっています。長崎の平和活動を全国に知ってもらうことが目的です」
出版した本の内容
「『小学生記者がナガサキを記事にする』(A5判72ページ、くもん出版)という本です。2008年から2022年までの参加者5人に取材し、当時を振り返ってもらいながら、現在の自分とどのようにつながっているのかを聞きました。中には、この事業がきっかけで全国紙の記者になった人もいます。長崎の被爆者が語った『平和の原点は、人の痛みがわかる心をもつこと』という言葉を、今も取材現場で思い出すと語っていました。派遣事業でまかれた平和の種がにょきにょきと芽を出したようで、とてもうれしかったです」
平和活動に取り組むきっかけ
「私の『平和の原点』は、祖母(2016年に94歳で死去)の戦争体験にあります。戦時中、祖母ら家族は満州(現中国東北部)にいましたが、ソ連(当時)の参戦で弟を亡くし、長崎に引き揚げました。記憶にある祖母は幼かった私を連れて、毎朝近くの公園でアリに米粒を与えていました。戦争で犠牲になった人たちの命を小さな命に重ね、平和を祈っていたのだと思います。祖母の死後は、私が小学生だったおいと一緒に米粒を与えてきました。祖母が祈った平和をどうしたら実現できるのか。答えは一つだけではありません。『みんなで考え続けることが大切』という思いが平和活動につながりました」
その他の活動
「5年前に設立した平和団体『ピース・バイ・ピース長崎』の代表を務めています。『平和の文化で心をつなぐ』をモットーに、長崎県内外の若者と被爆者をつないでいます。今年は長崎、佐賀の高校の放送部が、それぞれ制作する原爆と平和の番組作りをサポートしています。また、地元の中高生たちが平和ガイドになったつもりで被爆地を歩くイベントや、台湾の日本人学校訪問なども行いました」
「被爆81年」に寄せる決意
「今回の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の主要委員会では、若者の参加や育成を通じて『核兵器のない世界』に向けた歩みを進めるよう訴えました。私の周りでは、平和教育を受け身と感じる若者もいますが、見ず知らずでも同じ年代同士がつながり、自由な発想でアクションを起こそうとする人もいます。こうした能動的な動きに希望を感じます。教え、見守るのではなく、私も若い世代と一緒に歩む『被爆81年』にしたいです」
◆ まえだ・まり =長崎市生まれ。明治大学卒業後、地元の放送局に入社。2008年にフリーとなり、米ニューヨークで4年間、被爆者のドキュメンタリー制作や核問題を取材しました。2022年から長崎市平和宣言文起草委員会の委員を務めています。



