鍛冶町の裏店に住む女性の過去と彦根藩士との関係
老齢の家主が完治に語ったところによると、お粂という女性は鍛冶町の裏店に約十年間住んでいたという。家主は「最初から一人住まいでした。口入屋を介してまいりましてね」と説明した。
元遊女と疑われるお粂の経歴
女ひとりで口入屋が周旋したことを内心怪しんだ完治に対して、家主は小声で語り始めた。「私も当初はためらったんですよ。三十路過ぎのひとり者、しかもどことなく荒んだふうでしたし、目も患っている様子でしたから」
さらに家主は続ける。「片目が濁っているのは、その頃からです。ここに来たときは着物の衿も抜いていましたし、眉も剃っておりませんでしたからね、廓を抜けてきた方というのは容易に察しがつきました」
他の住人、特に女房たちはその手の方に厳しいため、うまく馴染めるか少々案じていたという。それでも入居を許した理由は、請人がしっかりしていたからだと家主は説明する。
彦根藩士・山背康佑の存在
「彦根藩士ですよ。見ているだけで胸がすくような逞しくてきれいなお方でね、若武者というのがふさわしいご様子でした」と家主は回想する。「りゅうとして顔立ちも整っている上に、身のこなしもきれいでね。普段、江戸の腐れ役人しか見てねぇあたしには、後光が差してるように見えたもんです」
完治がその藩士の名を尋ねると、家主は「山背様とおっしゃいました。山背康佑様にございます」と答えた。弓浜姓ではないことに訝る完治だが、武家の次男三男が子のない他家と養子縁組することは少なくない。家を継ぐ者としての立場を得てはじめて、仕官に臨めるからだった。
囲い者としての関係性
「その山背は、お粂とどういった係り合いだえ」との完治の問いに、家主は「あまり踏み込むのは野暮ですからね、あたしはじかに伺いませんでしたけど、女房たちの言うことには、おおかた囲い者だろう、ってぇことで」と答えた。
完治は頷き、先だって惣十郎が不意に口にしたお歯黒溝の話を頭に浮かべた。山背が吉原にいたお粂を身請けして、鍛冶町の裏店に囲ったということだろうか。
家主は最後に「しかし、まさかお粂さんが謀反を考えてたとはねぇ。あたしもあのときはだいぶ同心から詰められて、嫌な思いをしましたよ」と付け加えた。江戸時代の社会構造と、そこに生きる人々の複雑な人間関係が垣間見える一幕である。



