水上特攻艇「震洋」慰霊祭60回目、3511人の名刻む殉国の碑で遺族ら追悼
水上特攻艇「震洋」慰霊祭60回目、3511人の名刻む碑で追悼

太平洋戦争末期に旧日本海軍が投入した水上特攻艇「震洋」の隊員らを追悼する慰霊祭が、長崎県川棚町新谷郷の「特攻殉国の碑」前で営まれた。今回で節目の60回目を迎え、戦没者の遺族ら約130人が参列し、静かに祈りを捧げた。

震洋とは何か

震洋はベニヤ板製の小型高速艇で、船首に約250キログラムの爆薬を搭載し、敵艦に体当たり攻撃を仕掛ける特攻兵器である。戦時中、川棚町には訓練拠点として「川棚臨時魚雷艇訓練所」が設置され、多くの若者がここで訓練を受けた。戦後、その地に建立された「特攻殉国の碑」には、震洋や他の特攻兵器で命を落とした3511人の氏名が刻まれている。

慰霊祭の様子

5月に行われた慰霊祭では、参列者が献花し、隊員の冥福を祈った。鶴田明子さん(57)は、大叔父が震洋に乗り組み、東シナ海で戦死したと語り、「戦争は家族にとって末代まで影響を及ぼす。81年前の熾烈な戦争の最中であるという事実が、風化しつつあるのではないかと危惧している」と声を震わせながら述べた。

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特攻殉国の碑保存会の寺井理治さん(80)は、「震洋、回天、伏龍といった最後の特攻兵器に、20歳前後の若者たちが自らの命を託しました。彼らの犠牲の上に現在の平和が築かれていることを、決して忘れてはなりません」と訴えた。

慰霊祭は、戦後80年以上が経過した今もなお、遺族や関係者によって大切に継承されている。参加者たちは、平和の尊さを再認識し、戦没者の霊を慰める貴重な機会となった。

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