対馬丸船体に魚雷の穴確認 政府調査で詳細初判明
内閣府は学童疎開船「対馬丸」の水中調査結果を公表。船体左舷中央に魚雷攻撃の穴を確認したが、遺骨や遺品は見つからなかった。詳細が明らかになるのは初めてで、動画は記念館などで公開される。
内閣府は学童疎開船「対馬丸」の水中調査結果を公表。船体左舷中央に魚雷攻撃の穴を確認したが、遺骨や遺品は見つからなかった。詳細が明らかになるのは初めてで、動画は記念館などで公開される。
太平洋戦争の激戦地・硫黄島。戦後81年を経ても、強制疎開させられた元島民は帰還できず、故郷での暮らしを懐かしみ続ける。温暖な「南の楽園」から戦場へと変貌した島の歴史と、今も続く帰還への願いを伝える。
名古屋刀剣博物館で特別展「三日月兼光と備前の名刀」が開催中。戦国大名・上杉謙信の愛刀とされる「三日月兼光」をはじめ、平安末期から安土桃山時代の備前名工による日本刀28点を展示。刃文の三日月模様が特徴の名刀の変遷をたどる。
江戸東京博物館で2026年から、東京大空襲の被災者198人分の証言映像が常設展示される。1990年代に収録されながら倉庫で眠っていた貴重な記録が、体験者が少なくなる中、ようやく本格活用される。
太平洋戦争中に外国の民間人140人が抑留された福島市の修道院を、当時を生きた父と祖母の記憶をたどる英国人女性が訪問。歴史的な場所を目の当たりにし、家族の歴史に思いをはせた。
2026年3月22日の編集日誌では、終戦から30年経っても光を当てるべき課題を指摘。BC級戦犯弁護人の連載開始や若手記者のコラム、BTS復活コンサートのソウル特派員報告を紹介。
戦後80年を前に、愛知県豊橋市出身の弁護士・岩瀬良尾がインドネシアでBC級戦犯裁判に立ち会い、残した3冊のノートが孫によって発見された。ノートには死刑執行の様子や法廷の記録が克明に記されており、戦争の実相を現代に伝える貴重な資料となっている。
終戦から1年後の1946年、オランダがインドネシアで開始したBC級戦犯裁判。愛知県豊橋市出身の弁護士・岩瀬良尾氏が残した克明なノートが、孫によって現代に蘇る。戦争の実相と弁護人の想いを5回連載でひも解く。
江戸中期の老中・田沼意次ゆかりの文化財が、東京都豊島区の勝林寺で出張展示される。大河ドラマ「べらぼう」の影響でイメージが向上し、牧之原市が名誉回復に取り組む中、首都圏での認知拡大を目指す。
太平洋戦争の激戦地サイパンで見つかった旧日本兵の認識票。歴史研究者が国立公文書館の名簿を調査し、持ち主を埼玉県志木市出身で1944年7月18日に戦死した兵士と推定。現地訪問でも痕跡は見つからず、謎は深まる。
京都市左京区の真如堂で、豊臣秀吉による「太閤検地帳」の正本が新たに発見されました。京都市内に残る検地帳正本は極めて少なく、貴重な歴史資料として注目されています。1585年に実施された検地の実態解明に役立つと期待されています。
長崎原爆で被爆した父親の体験を、福岡市の岡崎富美さんが挿絵付きの本にまとめました。子どもも読みやすいやわらかい文と絵で表現し、クラウドファンディングで学校や図書館に寄贈する取り組みを進めています。
千葉県北東部に存在した幻の湖「椿海」周辺の中世城郭遺構を巡る歴史ツアーが、4月26日と5月10日に開催されます。バスツアーとウォーキングツアーの2種類があり、戦国時代の歴史ロマンを体感できます。
佐賀大学で江戸幕府と佐賀藩の海軍の歴史的役割をテーマにしたシンポジウムが開かれ、研究者らが両者の協力関係や明治海軍への影響について講演しました。世界遺産登録10周年を記念した地域学の取り組みです。
福島県伊達地方一帯はかつて「蚕都」として知られ、お蚕様の一大産地として不動の地位を築いた。この歴史的な呼び名は地元の誇りとして現在も引き継がれ、地域のアイデンティティを象徴している。
原爆症認定を求めて国を提訴し、最高裁で勝訴した被爆者の松谷英子さん(84)の半生を描いたデジタル紙芝居の動画がYouTubeで公開されました。12年間の裁判や被爆体験を伝え、平和のメッセージを発信しています。
日野市の松下かほるさん(91)は、東京大空襲で母と兄を失った経験をエッセーに記し、戦争の悲惨さを後世に伝えている。母との温かい思い出や戦後の苦悩を綴り、平和の尊さを訴える。
フォトジャーナリスト豊田直巳が語る中央大学時代。神田駿河台の古い校舎で過ごしたわずか1年と、郊外移転をめぐる学生運動、そしてオイルショック下の就職難を振り返る。
明智光秀と羽柴秀吉が戦った山崎の合戦の当日、秀吉が「明日出撃する」と記した書状が確認された。専門家は秀吉が遅れて参戦した可能性を指摘し、天下人への転換点となった合戦の実像に新たな光を当てる。
東京大空襲から81年、浅草で被災した桜井栄治さんが膵臓がんと闘いながら手記を執筆。奇跡的に生き延びた体験と平和への願いを娘が語り継ぎ、若い世代への警鐘を鳴らす。
羽柴秀吉が明智光秀を討った山崎合戦で、秀吉が合戦に間に合わず「遅参」していた可能性が新たな史料から浮かび上がった。中京大学の馬部隆弘教授が合戦当日の書状を分析し、従来の定説に一石を投じる新解釈を発表している。
太平洋戦争中の東京空襲で亡くなった犠牲者の名前と年齢を読み上げる追悼集会が、墨田区と江東区で開催されます。2021年から始まり、今回は初めて2日間にわたり、4000人以上の名前が読み上げられる予定です。
日本赤十字社創設者の佐野常民と早稲田大学創立者の大隈重信、佐賀県が生んだ2人の偉人を顕彰する企画展が佐賀市で開催中。若き日に同じ地で暮らした2人が生涯で100通以上の書簡を交わし、明治政府での協働や深い信頼関係を築いた様子を貴重な資料で紹介しています。
福島県南相馬市の歴史研究家・相良征一さんが、旧相馬中村藩で実践された江戸時代末期の復興手法「報徳仕法」をまとめた冊子「報徳仕法雑感」を発刊。地域の歴史的知見を現代に伝える貴重な資料となる。
鎌倉幕府の成立年号を巡る「イイクニ」から「イイハコ」への変化は、歴史学が日々更新される学問であることを示す。丸善名古屋本店の担当者が、歴史学の理解を深めるおすすめ書籍を紹介し、教科書の内容が研究の進展で書き換えられるダイナミズムを解説する。
1945年3月10日の東京大空襲から81年を迎え、都内各所で犠牲者を悼む式典が開催された。経験者が初めて語る惨劇の記憶と、二度と戦争を繰り返さないという決意が交わされた。
江戸時代の裁判制度において、吟味方の作成する「一件口書」が事実と大きく異なる可能性が指摘される。お粂の永牢判決を巡り、志村が調査を開始するが、手続きの複雑さと記録の不確かさが浮き彫りに。当時の司法手続きの実態を探る。
東京大空襲から81年を迎え、墨田区両国で被災した前野洋一さん(87)が当時の記憶を次世代に伝える決意を語った。体験者の減少に使命感を感じ、タイポグラフィー作品で悲惨さを表現し、戦争のない世界を訴える。
鹿児島県立図書館が、第8代薩摩藩主・島津重豪と長崎唐通事の林梅卿との交流を記した日記を特定。鎖国下の海外事情への関心や、参勤交代への同行誘いなど、当時の国際交流の実態が明らかになった。
東京大空襲から81年を迎えた10日、東京都墨田区の都慰霊堂で大法要が営まれ、秋篠宮ご夫妻や小池百合子都知事、遺族らが犠牲者を追悼。冷たい雨の中、多くの人々が献花し、平和への願いを新たにしました。