戦国時代、城は戦いの場であり、統治の拠点でもありました。現在では、かつての勇士たちの夢の跡として遠い昔を偲ぶことができる場所もあれば、郷土の象徴として街並みに溶け込んでいる城もあります。関東各地の城を巡る「推し城」シリーズ、今回は神奈川県小田原市の小田原城と石垣山一夜城を紹介します。
小田原城:後北条氏の本拠地
5代にわたって続いた戦国大名・後北条氏は、小田原城を本拠地としました。この城は、全長9キロメートルにも及ぶ堀と土塁で町全体を守る「総構」を備えた、まさに難攻不落の要塞でした。1590年、豊臣秀吉は20万人以上の大軍を率いて北条氏を攻め、南西3キロメートルの山に東国初の総石垣の城「石垣山一夜城」をわずか約80日で築き上げました。3か月にわたる籠城戦の末、小田原城は無血開城され、秀吉の天下統一が成し遂げられました。時代の転換点となったこの二つの城跡を、実際に歩いてみました。
特別館長の解説
案内を務めるのは、昨年まで小田原城天守閣館長を務め、現在は特別館長の諏訪間順さん(66歳)です。長年にわたり城内の発掘調査に携わり、戦国時代の建物跡や庭園跡など重要な発見が今も続いています。諏訪間さんは、この地を「戦国最大の土の城と近世城郭が向き合った場所」と表現し、合戦当時の様子に思いを馳せています。
総構の構造と防御力
総構は幅も深さも10メートルを超え、粘土質の関東ローム層が深い壁となっていました。一度落ちれば滑って脱出は不可能です。武田信玄や上杉謙信でさえ撤退を余儀なくされましたが、秀吉は居座り続け、突貫工事で一夜城を築いたのです。
北条氏綱の政治理念
諏訪間さんは、北条5代の中でも2代目当主・氏綱を高く評価します。氏綱は「勝って兜の緒を締めよ」の遺訓で知られていますが、それだけでなく、政治理念「禄寿応穏」を掲げ、当主印を制度化しました。また、国内最古の上水道となる小田原用水を計画し、北条領国の基盤を築きました。
「禄寿応穏」の印は、「領民の財産と生命を守る」という意思を示すものです。この印のない命令文書は無効とされ、代官らの勝手な徴税や中間搾取が禁じられました。諏訪間さんは、「禄寿応穏は、織田信長の天下布武などとは思想性が異なる」と指摘します。金山銀山や海運、貿易などの収入があった他大名とは異なり、年貢収入しかなかった北条氏にとって、農民に平和に暮らしてもらうことは不可欠だったのです。
氏綱は遺言状で「不要な人は一人もいない」と記し、「たとえ障害者でも用い方で重宝になる」と、民を慈しむ大将像を子孫に示しました。城内のNINJA館では、北条氏を支えた風魔忍者らが紹介されており、毛利元就に仕えた盲目の忍び集団・座頭衆の説明文もあり、障害者を登用した戦国大名が実在したことを伝えています。
合戦後の影響
合戦後、秀吉や徳川家康をはじめ、全国から参陣した大名は各領国で総構を導入しました。後の大坂城や駿府城、江戸城、京都の市中防衛にもその影響が見られ、江戸初期の「北条五代記」には「京都までの海道の城はみな総構の堀普請あり」と記されています。
籠城した10万人以上の命をつないだ小田原用水を手本に、家康は江戸に神田上水などを整備しました。諏訪間さんは、「戦国末期から江戸初期に都市形成された30以上の県庁所在地は、大なり小なり小田原城下の影響を受けた」と見ています。
現在の小田原城と一夜城
現在の小田原城は、江戸時代に整備された近世城郭の姿を復元したものです。江戸期の石垣は四角に成形されていましたが、関東大震災で崩壊しました。横向きに滑落した部分は震災遺構として公開されています。現存する総構や用水の一部は、散策スポットとして親しまれています。
対照的に、一夜城の石垣は一部を除き、かなりの部分が残っています。自然石の形を生かして組む野面積みで、摩擦力が強く頑丈でした。その後の築城では、石表面に掘る矢穴に鉄の矢を打ち込んで割る技法が主流となり、成形した石を積み上げて高層化していきます。矢穴がない戦国末期の野面積みの石垣と、規格化された近世小田原城の石垣の違いも見どころの一つです。
小田原評定と無血開城
小田原合戦といえば「小田原評定」も有名ですが、諏訪間さんは「戦国の世に珍しい意思決定。独裁ではない民主主義の走り、合議制のよい制度」と肯定的に評価します。城兵らの命を優先した無血開城は、のちの江戸無血開城の決断につながり、多くの流血を防いだと思えてなりません。
イベント情報
小田原城では毎年5月3日に小田原北條五代祭りが開催され、武者行列が周辺を練り歩きます。戦国大名には珍しく一族の結束が強かった北条氏。今年は4代当主氏政と弟の氏照、氏邦が居城を構えた小田原市、東京都八王子市、埼玉県寄居町の青年が「北条三兄弟きずな隊」として参加します。静岡県からも氏政の弟で、韮山城の氏規隊が繰り出します。JR・小田急線小田原駅から徒歩10分。一夜城跡でも毎秋、一夜城まつりが開催されます。こちらはJR早川駅から徒歩50分。詳細は市や市観光協会のサイトでご確認ください。



