三重3区で自民・石原正敬氏が悲願の初当選、高市旋風が後押しし岡田克也氏の牙城崩す
三重3区で自民・石原氏が初当選、高市旋風が岡田氏の牙城崩す (17.02.2026)

三重3区で歴史的逆転、自民党・石原正敬氏が悲願の初当選を果たす

2026年2月7日、衆議院選挙の最終日。三重3区では自民党の石原正敬氏(54)が、30年間議席を守り続けてきた中道改革連合の岡田克也氏(72)を破り、初当選を果たした。この選挙区で自民党が勝利するのは、小選挙区制が導入された1996年以来初めての快挙となった。

「地域のために」を掲げた石原氏の挑戦

石原氏は三重県議を1期、菰野町長を3期務めた地方政治家だ。2024年の落選後は地域の声を聞くことに力を入れ、今回の選挙では「地域のために」をスローガンに掲げた。選挙戦最終日には桑名市内のホテルで個人演説会を開催し、林芳正総務相が応援に駆けつけた。

演説会で石原氏は「長きにわたって国会でご活躍いただいた大先輩ではありますけども、この地方のことを本当にやっていただいたかどうか。私は疑問を感じている」と岡田氏への批判を明確にした。さらに「地方の政治で経験したことを国の場で発言していく。それはこの地域を発展させるため、豊かにするためだ」と訴え、聴衆から大きな拍手を浴びた。

高市旋風が大きな追い風に

今回の選挙では、高市早苗氏を中心とした「日本列島を強く豊かに」というキャッチコピーが全国で旋風を巻き起こした。この流れが三重3区にも大きな影響を与えた。

三重1区から石原氏の応援に入った自民党の田村憲久氏(61)は「やっぱり一番大きかったのは、高市さんに対する国民の期待。途中からなだれを打つように、勝てるぞという盛り上がりが生まれた」と選挙戦の雰囲気を振り返る。前回2024年の選挙では8万票、前々回2021年には6万票の差をつけられていた石原氏が、今回は一気に逆転するほどの勢いだった。

30年間守られた牙城が崩れる

岡田克也氏は外交・安全保障・防衛の分野に強く、国会やテレビ出演で政権トップに厳しく迫る姿で知られていた。地元では週末に青空座談会やミニ集会を1日5~6回も開き、有権者と直接対話する姿勢を続けてきた。連合三重の労働組合とも積極的に対話し、地盤を固めてきた。

しかし、地方自治体の首長らが国土交通省などに陳情に出向く際、与党の国会議員が付き添う慣例がある中で、野党議員である岡田氏の限界も指摘されていた。さらに、国交省とのパイプが強かった元公明党の中川康洋氏が野党に転じたことが、建設業界などの危機感を高めたとの見方もある。

自民党の6人目の挑戦者がつかんだ勝利

三重3区では1996年から2024年まで、過去10回の衆院選で自民党は候補を立て続けてきたが、すべて岡田氏に敗れていた。石原氏は6人目の挑戦者にあたる。

終盤の演説で石原氏は「わが自民党にとっての悲願」と強調し、「このチャンスをつかみ取らなければ情けない」と熱い思いを語った。自公連立政権時には「比例は公明へ」と呼びかけていたが、今回は「比例は自民へ」に変わり、党の結束を強める効果もあった。

選挙後の反響と今後の課題

岡田氏を支えてきた立憲民主党の小島智子参院議員(65)は「岡田克也という政治家の日本の外交、安全保障に関する存在感の大きさを国会でまざまざと感じてきた。失ったことは国にとって大きい」と述べ、その損失を惜しんだ。

一方、当選後の石原氏は「インフラ整備や第1次産業の振興など、皆さんから頂いた宿題に取り組みたい」と語り、地域課題の解決に取り組む姿勢を示した。三重3区の有権者は新たな政治の時代を迎えることになる。

過去には2005年の「郵政解散」や、2012年の政権交代時にも自民党に強い追い風が吹いたが、その時でさえ三重3区では岡田氏の強固な地盤が崩れることはなかった。今回の結果は、地域政治の大きな転換点と言えるだろう。