17歳の少女が体験した戦時中の逃避行。その記憶を書き残した母の思いを、息子が今、初めて公の場で語り継ぐ。奈良県五條市に住む小川文男さん(71)は、母・哲子さんが遺した手記と石碑に刻まれた「非戦の誓い」を胸に、講演会を開催する。母が旅立って5年、世界では今なお戦火が絶えない中、平和への願いを新たにしている。
母が書き残した逃避行の記憶
哲子さんは両親と共に、12歳から朝鮮半島北端の港町・羅津で暮らしていた。1945年8月9日、ソ連軍の侵攻により17歳で逃避行を余儀なくされる。道端で野宿し、雑草を食べ、銃弾が飛び交う中を逃げ惑い、地元民の助けを借りながら4カ月後に父は病死。それでも母と2人で翌年4月、米ソが分断した北緯38度線を徒歩で突破し、釜山から引き揚げた。帰国後、母の故郷・十津川村で小学校教諭となった。
手記と石碑に込めた誓い
哲子さんは三男の文男さんの勧めで手記を執筆。2006年頃にガリ版刷りで知人に配布し、2008年には自宅で講演会を開催。玄関先には「非戦の誓い 子らに伝えよ」と刻んだ石碑を建立した。2020年には手記を『敗戦の覚え書』(73ページ)として自費出版。2021年4月、92歳で死去した。
息子が初めて開く講演会
文男さんは現在、複数の神社の宮司を務めながら、母の遺志を継ぐ活動を続けている。今回の講演会は、母の体験をより多くの人に知ってもらおうと初めて企画。戦争の悲惨さと平和の尊さを次世代に伝える場とする。会場では手記の朗読や、当時の状況を解説する予定だ。
文男さんは「母は『戦争を経験した者として、語り継ぐ責任がある』と話していた。今こそ、その思いを広めたい」と語る。戦後80年を迎え、体験者の高齢化が進む中、記憶の継承が急務となっている。



