神奈川県三浦市の三崎地区で、半世紀以上にわたり「かもめ児童合唱団」の歌声が地域に響き渡っている。「みんなで歌えばそれが合唱」を合言葉に、童謡からフォーク、ロックまで幅広いジャンルを歌い継いできた。子どもたちの歌声は、地域住民の心を癒やすだけでなく、街に活気をもたらしている。
「この街が好きです。冬が暖かいし、あと…」
4月18日、三崎港近くのレトロなカフェ・バー「ミサキプレッソ(MP)」を訪れると、未就学児から中学生までの団員たちが集まっていた。声楽家の小島晁子さんのピアノに合わせて発声練習をする子どもたちの姿がある。大きく口を開け、伸び伸びと歌う姿は見る者を引きつける。戸惑う子がいると、年長者がさりげなく背中に手を回し、一緒に拍子を取ってリズムを刻む。外に漏れる歌声に、地元の人々も思わず足を止めて聞き入る。
「この街が好きです。冬が暖かいし、あと、人も温かいから」。中学校進学後も「かもめ」で歌い続ける鈴木ひかりさん(13)は、少し照れながらそう語った。
「3代続く『かもめ』もいるのよ」
団員たちは毎週土曜日の午前、この場所に集い、喜びも悲しみも声に乗せてきた。例えるなら、心安らぐ「巣」のような場所だ。最年少の柴崎水くん(6)の姿もある。父の博和さん(38)は「小さな時から練習中に店内でわちゃわちゃしていて、自然と仲間入りしたんです」と、かけがえのない居場所について語る。
引き戸の木枠には、団員たちが背比べした記録が残っている。1972年に発足し、これまで数え切れないほどの子どもたちがここから巣立っていった。「みんなうちの子なの」。設立当初から指導する地元の声楽家、小島晁子さん(85)は柔らかなまなざしを向ける。「おばあちゃん、お母さん、娘と3代続く『かもめ』もいるのよ」と、ひかえめながらも満足そうにほほ笑む。
プロデューサーの藤沢さんが望むこと
子どもたちの歌声は癒やしだけでなく、その実力は折り紙付きだ。MP店長の藤沢宏光さん(67)がプロデュースに加わったことで、「かもめ」の活動範囲も大きく広がった。2010年には、地元曲やオリジナル曲に加えて、矢沢永吉さんや小椋佳さんの曲をカバーしたCDを発表。ジャンルや世代を超えて歌い、現在は5枚目を制作中だ。昨年にはロックグループ「ZAZEN BOYS」からの依頼で、日比谷野外音楽堂のステージにも立った。「ゆず」のミュージックビデオに出演した経歴もある。
藤沢さんは言う。「子どもは自分を良く見せようとしない。正しい歌詞、メロディーで歌い、楽曲そのものの良さが伝わる。幸せなこと、社会のことも歌う」
少子化の中でも「かもめ」がいる
少子高齢化の波は三浦市にも押し寄せている。市内の総人口に占める14歳以下の「かもめ」世代の割合は、合唱団発足時の1970年代で約25%だったが、平成に入ると20%を切り、2020年の国勢調査では8.3%と戦後最低を更新した。しかし、悲観はしていない。藤沢さんは「豊かな自然があるし、『かもめ』もある」と前を向き、「三崎で子育てをしてみたいと思う人が増えたらいいですね。子どもにはまだ理解しにくい難しい言葉があっても、みんな折り合いをつけて歌っています」と結んだ。



