アフリカ文学の豊穣な世界が邦訳で開花 多言語社会が生む想像力のダイナミズム
これまで国内で触れる機会が限られていたアフリカ文学の邦訳書が、近年相次いで刊行されています。実験的な語りを軸にした物語から、土地の歴史に深く向き合った大作まで、多様な作品が書店に並び始めています。多種多様な言語から生まれた豊穣な作品群は、読者に想像力のダイナミックな広がりを強く伝えています。
国書刊行会が始めた「アフリカ文学の愉楽」シリーズ
国書刊行会は昨年から、現代アフリカ文学の最前線を紹介するシリーズ「アフリカ文学の愉楽」の刊行を開始しました。このシリーズでは、初邦訳となる作品を中心に、物語の面白さと文学的強度を兼ね備えた作品を収録することに重点を置いています。「世界幻想文学大系」など海外文学の翻訳で実績を積んできた同社にとって、新しい看板シリーズとして期待が高まっています。
担当編集者の川上貴さんは次のように語ります。「アフリカに対する固定されがちなイメージを外し、様々な切り口を提示したかったのです。他社を含めて刊行の動きが広がり、書店に『アフリカ文学』の専用棚ができることを願っています」。
シリーズを彩る代表的な作家たち
シリーズの第1回配本は、アラン・マバンクさんの代表作『割れたグラス』(桑田光平訳)です。コンゴ共和国の港湾都市を舞台に、バー「ツケ払いお断り」で繰り広げられる酔客たちの奇妙なやり取りを、語り手がノートに書き留めていく物語です。句点のないよどみのない語りは、読者を酩酊させるような感覚に包み込みます。三島由紀夫の『肉体の学校』をはじめ、古今東西の文学作品の題名が巧みに地の文に散りばめられ、シリーズ名通り読書の愉楽に浸ることができます。
マバンクさんは1966年、コンゴ共和国生まれです。法律コンサルタントとして働く傍ら、詩人として出発し、本作で数々の文学賞を受賞しました。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教壇に立ち、国際ブッカー賞の選考委員も務めています。カラフルなスーツに身を包むおしゃれなファッションスタイルも注目を集めており、川上さんは「世界中を飛び回り、スター性がある」と評価します。
シリーズの第2回配本は、モザンビーク出身の作家ミア・コウトさんの『夢遊の大地』(伊藤秋仁訳)です。内戦が続くモザンビークの難民キャンプで出会った老人と記憶喪失の少年の幻想的な旅を描き、20以上の言語に翻訳され、世界的な評価も高い作品です。
コウトさんは1955年生まれです。植民地期に民衆の間で話されてきた言葉を作品に取り入れ、詩的な世界を構築してきました。本作では、戦争における喪失の中で過去と現在が入り交じり、モザンビークという土地が持つ過酷な状況を寓話的に、かつ実感を持って浮かび上がらせています。これにより、「戦争文学」のイメージを塗り替える試みがなされています。
アフリカ文学のグローバルな広がりと背景
作家が何を考え、世界や文学に向き合っているのかをまとめたのが、マバンクさんの『アフリカ文学講義』(みすず書房、中村隆之、福島亮訳)です。フランス語で執筆を続けてきたマバンクさんが、フランス国内で行った講義などを収録しています。フランス本国の「国民文学」から除外されてきた立場から、いかにしてグローバルな文学を目指すのかを語った率直な言葉の数々は、世界文学の今後を考える上での羅針盤となりそうです。
現代アフリカ文学の礎を築いたチヌア・アチェベの『崩れゆく絆』(光文社古典新訳文庫)など、数多くの翻訳を手がける法政大学の粟飯原文子教授によると、1990年代以降に海外に移住する作家が増え、21世紀に入ってから、欧米ではアフリカに出自を持つ作家の活躍が一つの潮流として続いています。近年はアフリカ大陸の各国で文学祭や読書のワークショップ、文学賞が開催されているとのことです。
粟飯原教授は、アフリカ文学に通底するテーマとして、歴史や共同体の声を重視し、実験性に富んでいる点を指摘します。「植民地時代の旧宗主国の言葉や現地の言葉など、複数の言語を持った多言語社会であることが、言語の実験や表現の工夫へとつながっています」と説明します。作家たちがアフリカ大陸と外側を頻繁に行き来していることに触れ、「自らの出身地である場所を大切にしながら、世界に接続するような大きなテーマを描いてきました。その想像力のあり方は私たちに多くのことを教えてくれます」と語っています。
このように、アフリカ文学は多言語社会の特性を活かし、豊かな想像力と実験的な表現で、世界的な注目を集めています。邦訳書の増加により、日本でもその魅力がより広く知られるようになることが期待されます。