スモーキングルーム第146回:千早茜が描く緊迫の逃亡劇と街の混乱
スモーキングルーム第146回:千早茜の逃亡劇と街の混乱 (17.02.2026)

スモーキングルーム第146回:千早茜が描く緊迫の逃亡劇と街の混乱

車に乗り込み、運転手に行き先を告げた総支配人は、深い感慨を込めて言った。「彼は見事だな」。その言葉が煙のことを指していると理解した金ボタンは、鼻の奥で軽く笑いを漏らす。総支配人は続けて、「こんな状況でも揺らぎがない。まるで『良い旅を』とでも言い出しそうな落ち着きだ」と述べた。しかし、すぐに現実を思い出し、「もっとも、こんな状況になっては、我々は旅になど出られないだろうがな」と付け加えた。

暗闇に蠢く人々の群れ

総支配人が「見ろ」と窓の外の暗闇に顎を向けると、金ボタンはガラス窓に目を凝らした。車道の脇には木々が延々と並び、その幹の隙間で何かが動いている。大きい影が森の闇の中で蠢いているように見え、金ボタンは眉間に皺を寄せて注視した。

それは、無言で移動する大勢の人間の群れだった。暗い森の中を、帽子やスカーフを被り、分厚いコートを着て、手に手に荷物を持った人々が歩いていた。Jらしき顔立ちの一群もいれば、護衛を伴った身なりの良い家族も混じっている。皆、街と反対の方向へと歩を進め、表情は硬く、幽霊の群れのように不気味で、金ボタンの首筋に鳥肌が立った。

逃亡者たちの絶望的な試み

総支配人は低い声で説明した。「線路も道路も封鎖されているからな。森を抜けて山を越え、他国へ逃げるつもりなんだろう。政府関係者やJたちだな」。金ボタンが「でも、国境には……」と口を挟むと、総支配人は「まだ手が回っていないところもあるかもしれない。それも時間の問題だろうが」と答えた。そして、一旦口をつぐんだ後、「この国の人間はもう簡単には逃げられない」と呟いた。

金ボタンが何か言おうとする前に、総支配人は堂々とした声に戻り、「今夜はオーナーの家にわたしと共に泊まれ」と提案した。金ボタンは固辞するつもりだったが、街に入ると考えが変わった。街から出る反対車線の道は大渋滞しており、今夜は車では帰れそうになかったからだ。

兵士に支配される街の光景

街中では、歪に傾いた十字の腕章をつけた隣国の兵士が側車付きオートバイに乗り、隊列を組んで巡回していた。威圧するようにゆっくりと走るオートバイに対し、同じく歪に傾く十字のバッジをつけた市民の一群が右手をまっすぐ突き出して敬礼をする。あちこちの商店は、夜にもかかわらず日用品の買い占めに押しかけた人々で閉められず、長い列ができていた。

大きな駅は逃げようとする人々で混雑し、隣国の兵士が連れてきた犬が威嚇するように吠えていた。封鎖された国境から引き返してきた列車からは、強制的に人々が降ろされる。兵士が鞭を振るう音と悲鳴が、車の中にいてもはっきりと聞こえた。この緊迫した状況が、逃亡者たちの絶望と街の混乱を鮮明に映し出している。