中日ドラゴンズの20年ぶりリーグ制覇、球界の時計の針が動き出す
2024年、ある感動的な再会がナゴヤ球場で実現した。中日球団から「ある人が会いたがっている」と伝えられた元投手の鈴木孝政氏が急いで球場へ向かうと、そこには1974年優勝時の監督、「ウォーリー」こと与那嶺要氏の娘が待っていた。米ロサンゼルスから子どもと孫とともに来日し、父親が指揮官として真剣勝負を繰り広げた「仕事場」を見学していたのだ。
与那嶺要監督の娘との感動的な再会
「君のひいおじいさんに、ここでパンパンってたたかれたんだぞ」と鈴木氏は語りかける。その時、与那嶺氏の娘から鈴木氏の名前が出たという。二人はさまざまな思い出話に花を咲かせた。「いろんな話をしたよ。こんなこと、あんなことがあったってね。その子はウォーリーにとって、ひ孫だよね。野球をやっているって言ってたな」と鈴木氏は振り返る。
別れ際、与那嶺氏の娘から真珠のブレスレットがプレゼントされた。かつて与那嶺氏の妻は真珠を扱う店を開いていた。その縁による贈り物だろうか。「ウォーリーは、俺のことをかわいがってくれていたと思うよ。ベンチでうずくまっていた時に二つ殴られたのは、その証しだと思う。そして、あの優勝はウォーリーが一番うれしかったんじゃないかな。川上さんに勝ってね」と鈴木氏は感慨深げに語った。
巨人の10連覇を阻止した歴史的勝利
中日ドラゴンズの20年ぶりリーグ制覇は、プロ野球界に大きな衝撃をもたらした。特に巨人の10連覇を阻止したこの勝利は、球界の勢力図を根本から揺るがす出来事となった。巨人では14年間指揮を執った川上哲治監督が勇退し、現役を終えたばかりの長嶋茂雄氏が新監督に就任。「ミスター」の第2章が始まろうとしている。
鈴木氏は当時を振り返り、「よく巨人を中日の『宿敵』って言うけど、選手もファンも、宿敵はずっと巨人であってほしいと思っているんじゃないかな。巨人戦は特別だった。スタンドはいっぱいになるし、全国放送もある。選手からしたら目立つことができる、一番の場所だった。そういう巨人戦に臨む意識は、今より絶対に濃かったと思う」と語る。
「相手はどこだろうと一緒じゃないかという声もあるけど、そうじゃないもん。巨人だけは違ったよね」と鈴木氏は強調する。この言葉は、中日と巨人の特別な関係性を如実に物語っている。
新たな時代の幕開けと勢力図の変化
20歳でプロ入りし、35歳まで現役を続けた鈴木氏。1975年から引退までの15シーズンで、中日の優勝は2度だったが、この時期からプロ野球界の勢力図は徐々に変化していく。トップは6度の優勝を誇る巨人だが、5度の広島が続く。一強時代が終わりを告げ、多様なチームが優勝を争う新時代が訪れようとしていた。
与那嶺要監督や近藤貞雄監督が望んだ新たな時代の幕開け。しかし皮肉なことに、中日がライバル視する巨人との関係は、この歴史的勝利を機にますます濃度を増していくことになる。両チームの対戦は単なる試合を超え、プロ野球史に刻まれる伝統の一戦へと昇華していった。
鈴木孝政氏の証言は、単なる個人の回想を超え、プロ野球界の転換期を生き証人として語る貴重な記録となっている。中日ドラゴンズの20年ぶりリーグ制覇は、単なる優勝ではなく、球界の時計の針を動かし、新たな歴史の一章を開く出来事だったのだ。