都立三田高校時代の日々
昭和から平成へと時代が移り変わる頃、私は港区三田にある都立高校に進学しました。東京タワーが望める都会的な立地で、自由で国際的な雰囲気が特徴の学校でした。三田といえば慶応大学。ちょうどバブル期で、大学生の背中はとてもまぶしく映りました。
そんな環境の中で、私は女子バレーボール部のマネジャーを務め、早朝からジャージーに身を包み、球拾いに明け暮れる日々を送りました。夏合宿は校内の体育館で雑魚寝。合宿終了後に食べた田町駅前のジェラートの味は今も忘れられません。当時はティラミスが大ブームでした。
受験勉強と読書の日々
高校3年生になると生活は一変します。当時はほとんどの生徒が予備校とのダブルスクール状態で、私も三田から御茶ノ水の大手予備校へ通いました。日曜日は、立て看板が並ぶバンカラな御茶ノ水の明治大学校舎で模試を受け続けました。
受験勉強から逃れるように、私は多くの本を読みました。夏目漱石の「こころ」は受験生の暗い心に染み入り、「それから」は大学生になることへの期待を高めてくれました。志望は文学部で、「これは大学受験に関係あることだ」と自分に言い聞かせ、ポジティブに受験勉強から逃げて読書に励みました。
ロシア文学との出会い
この時期、ロシア文学とも出会いました。当時はまだ「ソ連」の時代であり、「ロシア」という文学的でレトロに響く言葉や、御茶ノ水のニコライ堂に時を超えたロマンを感じながら読んだものです。内容はあまり理解できませんでしたが、その雰囲気に浸るだけでも十分でした。
(日本大学芸術学部教授)



