ある日の某放送局のニュースで、能登半島地震の復興に関する映像が流れた。アナウンサーが「石川県能登町では、今日から地域の乗り合いタクシーが通常より便数を減らして再開されました。町内で暮らしている○○○○さんが、自宅から病院に行くために乗り合いタクシーを利用しました」と伝えると、画面に高齢の女性が映し出され、その下方に姉の名前と年齢が表示されていた。
私はその画面に釘付けになった。自宅を出てからタクシーに乗るまでの歩き方や、傘の持ち方、辺りを見回す表情、ゆったりとした話し方、そして薄紫のハーフコート。わずか2分ほどの映像だったが、7年前に亡くなった母に酷似していた。令和6年の能登半島地震発生から数十日後、復興の過程を伝える一コマである。
すぐに姉に電話を入れると、明るい声で「○○○の取材にはびっくりしたわ…。病院の待合室であのテレビを見て、母に似てきたなぁと思ったわ」と返ってきた。私たち四姉妹は、それぞれに両親の特徴を受け継いでいる。もともと姉と私は父親似、2人の妹は母親似だと話していたが、あの日のニュース映像を通して見る姉は母親似だった。それぞれが年齢とともに、細かなしぐさや癖、表情などが母に似てきたのだろう。
あれから2年が経ち、姉はますます母に似てきた。年齢を重ねることで、両親の面影がより色濃く現れるのだと実感する。能登半島地震の復興ニュースが、思わぬ形で家族の絆や時間の流れを感じさせてくれた。



