島根県安来市出身の会社員・高田郁恵さん(47)が、米国発祥のスポーツ「ピックルボール」の普及に力を注いでいる。米国で競技に打ち込む中、乳がんが見つかり、今年1月に帰郷。2月に地元の友人と安来市内で教室を始めると、多くの人が集まるようになった。3月に受けた手術は成功し、競技への熱意はますます高まっている。
ピックルボール教室に地域住民が集う
5月中旬、安来市立飯梨小学校の体育館で高田さんのピックルボール教室が開かれた。親子連れから中高年までの男女約20人が3面のコートに分かれ、高田さんも交えて3時間、競技を楽しんだ。
ピックルボールは、穴の開いたプラスチック製ボールを「パドル」と呼ばれるラケットで打ち合い、得点を競う。バドミントンと同じ広さのコートでネットを挟み、シングルスかダブルスで行う。ゲーム性はテニスや卓球と似ているが、細かなルールの違いがある。
教室は週3回、飯梨小体育館で開催。50歳代の参加者は「競技経験がなくても誰でも楽しめる。毎回、練習に来ています」と笑顔を見せた。
波乱万丈の半生と競技との出会い
高田さんの半生は波乱万丈だ。子どもの頃は陸上競技の円盤投げに打ち込み、全国高校総体と国体で入賞。卒業後は英語を学び、米国留学を目指したが、家庭の事情でかなわず、美容師として松江市内で働いた。それでも米国へのあこがれは捨てられず、30歳を前に米国人男性と知り合い、渡米して結婚した。
その男性とは離婚したが、別の米国人男性と再婚し、1男1女を授かった。子育ての傍ら、現地の大学で会計学を学び、卒業後は会計事務所で勤務。2023年頃、現地の日本人集会でピックルボールを紹介され、その楽しさにのめり込んだ。仕事と家事を終えるとコートに向かう日々を送った。
乳がん発見と帰郷、手術前に教室開始
2025年11月下旬、大会出場のために気合を入れようと背伸びした時、左胸のしこりに気づいた。乳がんだった。故郷で治療することを決め、今年1月上旬に小学生の子ども2人と帰郷。3月に手術を控えていたが、「大好きなピックルボールをやりたい」との思いが抑えられず、幼なじみに呼びかけ、教室を開始した。
教室に来る人はほとんどが初心者で、高田さんが基本的なルールを教えた。メンバーは順調に増え、各回20人以上が参加するようになった。「多くの人が来てくれてうれしい」と話す。
手術成功、県内普及へ意欲
乳がんの手術は3月に行われ、腫瘍を摘出。転移は確認されず、経過は良好という。4月にはピックルボールの全国組織から「県支部設立に協力してほしい」と依頼があり、快諾した。
夫からは「米国に戻ってきてほしい」と頼まれており、7月上旬に一時、米国に戻る。その一方、競技を通じて故郷で築いた縁を大切にしたい気持ちも大きい。「競技のおかげで乳がんに気づき、運命に導かれているように思う。県内普及に全力を尽くしたい」と語った。



