津波から逃れた保健師の決意「生き残った住民を死なせてはならない」
津波から逃れた保健師の決意 生存者を死なせぬ

宮城県の北上総合支所に所属する保健師は3人いた。そのうち1人は業務で本庁管内に出向いており不在だった。もう1人は支所にいたが、津波の犠牲となった。最年少の女性保健師は入庁7年目で当時29歳。支所から北上川沿いに約5キロ上流の保健医療センター「ひまわり」で勤務中だった。堤防を越える津波の白波を目撃し、サンダルのまま車に飛び乗り、山あいの追分温泉まで逃れた。住民らも約70人が次々と避難してきて、大広間に身を寄せた。

夜に届いた衝撃の知らせ

夜になって到着した住民の一人が「支所も消防も警察駐在所も駄目だ。みんな死んだ」と告げ、避難所は騒然となった。その住民は支所がある月浜地区の惨状を見てきたという。保健師は同僚を全員失ったことを悟り、頭が真っ白になった。

孤立の中での決意

救助がいつ来るか見当もつかず、指示系統も失われていた。しかし行政保健師には地域住民の健康を守る役割がある。たった一人になっても、生き残った住民を死なせてはならない―そんな強い思いが湧き上がった。保健師は避難所で活動を開始。服用薬の名称が分からなくても色や形で判断できるよう、即席でサンプルを用意するなどの工夫を凝らした。

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この震災日記は、今野照夫さんが記録した3月13日の一部である。東日本大震災の教訓を後世に伝える貴重な証言となっている。

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