高校を卒業してからの3年間、鈴木幸一氏は定職に就かず、ふらつく生活を続けていた。アルバイトで得た収入を旅に費やし、宮城県白石市や岩手県八幡平市の温泉を訪れる日々だった。横浜の実家では、書棚の前でたばこをくわえながら過ごすこともあったという。
銀座の洋書店で衝撃的な出会い
そんなある日、鈴木氏は銀座の洋書店で立ち読みをしていた。そこで手に取ったのは、アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーの著書『デカルト派言語学』だった。この本は、世界の様々な言語に共通する基礎構造が存在するという革新的な考えを示し、現代言語学に大きな衝撃を与えた作品である。
チョムスキーの理論に強い興味を抱いた鈴木氏は、日本でチョムスキーを紹介した早稲田大学の川本茂雄教授の存在を知る。急遽、勉強を始めて早稲田大学文学部を受験し、見事合格を果たした。
大学生活と川本教授との交流
大学に入学後も、鈴木氏は授業にほとんど出席しなかった。しかし、川本教授の講義だけは欠かさずに参加した。講義は事前に多数の原書を読むことを前提としており、難しくてついていけない部分も多かった。それでも、鈴木氏は夕方に研究室を訪れ、川本教授を高田馬場のイタリア料理店に誘って、長時間にわたって語り合うことがあった。
吉永小百合との思い出
当時、早稲田大学には女優の吉永小百合さんも在学していた。ある日、図書室で彼女を見かけた鈴木氏は、友人たちにけしかけられて食事に誘うことに。しかし、「車が待ってますので」と品良く断られてしまった。今となっては赤面する思い出だと振り返る。
アルバイトに明け暮れた大学時代
大学時代はアルバイトに追われる日々だった。洋書の翻訳のほか、東京・竹橋にある米国のUPI通信社で深夜労働も経験。日本の新聞社などからの依頼で写真や記事を電送する業務を手伝い、英語に触れる機会が多かった。



