袴田姉ひで子さん、再審制度見直し訴え「巌のような犠牲をまだつくるのか」
袴田姉ひで子さん、再審制度見直し訴え

1966年に清水市(現静岡市清水区)で発生した一家4人強盗殺人事件において、再審無罪が確定した袴田巌さん(90)の姉、袴田ひで子さん(93)が、憲法記念日の3日、袋井市内で開催された市民集会で講演を行いました。ひで子さんは、無罪を勝ち取るまでの長い闘いの日々を振り返り、有罪が確定した刑事裁判をやり直す再審制度の見直しを強く訴えました。

会場には、袴田巌さん本人も訪れ、姉の話に静かに耳を傾けていました。袴田さん支援クラブによると、巌さんが公の場に姿を見せたのは約1年半ぶりのことです。

事件直後の様子と拘禁症状

講演でひで子さんは、事件直後の巌さんの様子について次のように語りました。「面会に行くと、巌は大変元気で、私たちが励まされるほどでした」。しかし、1980年に死刑が確定すると、状況は一変しました。「『かゆみの電波や痛みの電波を出すやつがいる』と言い出し、次第にひどくなっていった」と説明。拘束や死刑への恐怖から妄想を抱く「拘禁症状」が見られるようになったと明かしました。

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無罪獲得までの道のり

「殺人犯にされてたまるか」という強い思いで、ひで子さんは支援者や弁護団と共に再審請求の活動を続け、2024年に無罪を勝ち取りました。「巌は88歳だった。この58年、国は何をしていたのか」と、長期間にわたる司法の遅れを批判しました。

現在も再審制度を巡る議論は紛糾しており、無実の罪で苦しむ人々を早急に救うための法整備は進んでいません。ひで子さんは「巌のような犠牲をまだつくるのか。そんな法律はすぐに改正してほしい」と語気を強め、制度改正の必要性を訴えました。

巌さんのスピーチ

講演では、巌さん自身がマイクを握る場面もありました。拘禁症状が残り、意思疎通が難しい状況が続いていますが、元プロボクサーとしての思い出からか、「世界選手権を希望しています。よろしくお願いします」などと語り、会場からは温かい拍手が送られました。

この講演は「憲法記念日袋井市民のつどい」(中日新聞東海本社後援)の一環として開かれ、約250人が参加しました。

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