埼玉県戸田市では、市道の愛称が記された標識が設置され、地域住民に親しまれている。スポーツ施設など自治体の公共施設に企業名などを付けるネーミングライツ(命名権)は、近年、大規模施設だけでなく、小規模な施設や道路、歩道橋といった身近なインフラにも広がりを見せている。そのメリットを探った。
身近なインフラに命名権の波
埼玉県戸田市のJR北戸田駅から徒歩約5分の市道沿いに、標識が現れる。正式名称は「市道第5003号線」だが、標識には「イオンわくわく通り」という愛称が記されている。この道路沿いには流通大手イオンの商業施設があり、運営会社は2027年3月までの10年間、年間61万円を支払う契約で命名権を取得。「毎日がもっと楽しく、もっと便利に」「いつも『わくわく』を感じられる地域に」との願いを込めて命名された。近くで町工場を営む男性(60)は「なじみのある施設なので、愛称に違和感はありません」と話す。
命名権の付与は市の財源確保が主な目的で、得られた収入は市道の維持管理費に充てられる。市の担当者は「愛称は標識やホームページのほか、様々な地図でも表示され、地域の目印としての効果もある」と強調する。
広がる命名権の対象
公共施設への命名権は、2003年に命名された「味の素スタジアム」(東京スタジアム)以降、全国各地に広がった。近年では、身近な公共施設やインフラにも拡大している。命名権に詳しい鳴門教育大学の畠山輝雄教授は「人口減少などで自治体の財政が厳しくなり、少しでも財源を得ようとする背景がある」と指摘する。
横浜市では、JR桜木町駅前の歩道橋や公衆トイレ、区民ホールの大型画面、排水処理施設にも愛称が付けられた。和歌山県橋本市では、駅前駐車場や温水プールなどの施設名のほか、空き家バンクの事業名にも命名権が導入されている。さらに、漁港や船着き場、公園の池にも愛称を付ける例が登場している。
地元企業にもメリット
身近な施設の命名権は年間数十万円程度と少額なため、地元企業にとって導入しやすい。企業は宣伝効果を見込める上、地域貢献に積極的な姿勢をアピールできる。企業による地元向けのサービス提供や地域活性化の取り組みは住民にもメリットがあるため、自治体は導入に力を入れている。
埼玉県戸田市の市道の命名権を取得し、「中央病院通り」とした医療グループは、住民と協力して沿道の緑化活動に取り組んでいる。活動に協力する地元の女性(62)は「地域の仲間として良い関係を築くことにつながった」とほほえむ。
横浜市では、文化・体育施設の命名権を取得した企業の協力で、住民向けのバスケットボール教室が始まった。市の担当者は「民間がノウハウを活用して地域貢献につながる活動をすることで、地域の魅力が高まれば」と期待する。
京都府木津川市では、配水池の命名権を契約した企業と市が協力し、給水塔をライトアップするイベントを開催している。命名権をきっかけに地域活性化を目指している。
自治体事情に詳しい山梨総合研究所の降矢結城専務理事は「公共施設を行政だけでなく、民間が自らの活動と結びつけながら一緒に支えていくという考え方が広がっており、関心を持つ企業は増えていくだろう。企業が積極的に関与すれば、住民の利便性向上にもつながる」と話す。
「三方良し」の実現へ
愛称を実際に目にすると、施設の維持に向けて努力する自治体の危機感がひしひしと伝わる。取材を通じて、維持費用の捻出に有効な手段だと感じた。自治体、企業だけでなく、住民も加えた「三方良し」となる命名権が広まることを期待したい。
反発が出ることも
命名権は基本的に正式名称を変更するのではなく、愛称を付ける権利であるため、条例改正のための議会の議決は必要ない。自治体にとって導入しやすい一方、住民から反発を受けるケースもあり、丁寧な合意形成が必要だ。
京都市では2016年、市美術館の改修費を補うために結んだ命名権契約について、様々な寄付で建設された美術館の経緯から、一つの企業名だけが入ることに対して抗議活動が起きた。翌年から主要施設の命名権については市議会の承認が必要となった。



