東京都江戸川区は2025年12月、「生活に困窮しても安心して暮らせるまち条例」を制定した。生活困窮者に特化した支援を打ち出す条例は23区で初めてで、全国的にも珍しい。生活保護を巡っては偏見やバッシングが根強く、受給をためらう人が多い中、条例はどのような効果をもたらすのか。現場経験を重ねた斉藤猛区長が背景を語る。
条例の内容と目的
条例では、困窮が病気や事故、家庭問題などで「誰にでも起こり得る」と明記。必要な支援につなげ、「安心して自分らしく暮らせるまち」の実現を掲げている。区の責務として、本人の意思を尊重しながら生活保護法などに基づいた支援を講じると規定。困窮者が不当な扱いを受けないことも理念に据えた。
区長の現場経験
制定の背景には、斉藤猛区長自身の現場経験がある。福祉部門で働いた職員時代、ひきこもりの子どもや精神疾患の両親、認知症の祖父母を抱える家庭に接し、「支援が必要でも行政につながれない人がいる」と痛感したという。
これまでの取り組み
区は2021年、さまざまな背景を持つ区民らとの共生を定めた「ともに生きるまちを目指す条例」を制定。その後、子どもや性的少数者、外国人など支援が必要な6分野で条例を整備し、今回生活困窮者も対象に加えた。
社会の偏見と実態
社会では生活困窮者に対し「自己責任」といった偏見が根強い。厚生労働省の推計では、生活保護基準以下の所得水準のうち、6〜8割程度の世帯が受給していないとされる。条例では「困窮者」を生活保護受給者に加え、「経済的に困窮し、生きづらさを抱えている状態」と幅広く定義。「支援姿勢を打ち出すことで心理的な壁を払拭し、まずは相談につながってほしい」と斉藤区長は語る。
アンケート結果
区が昨年3〜5月に実施した受給者約5700人へのアンケートでは、8割以上が地域活動に参加しておらず、約2割は「相談相手がいない」と回答。「生活保護は権利と思われていない」「税金泥棒と見られてつらい」との声もあった。このため条例では困窮者の地域での孤立を防ぐことを掲げ、区民の役割として「困窮者への理解を深め、必要な配慮に努める」との記載も盛り込んでいる。
不祥事と改善策
区の生活保護行政を巡っては2023年、職員が受給者の死亡確認後も遺体を2カ月以上放置する不祥事があった。斉藤区長は「再発防止策などを通して改善に取り組んでいる。職員の研修体制や人員配置をしっかりやっていく」と説明した。
専門家の評価
生活保護や困窮者支援に詳しい山田壮志郎・立教大教授(社会福祉学)は「地域社会で孤立しがちな困窮者の尊厳を守り、社会参加して生きられるようにするという条例の理念は高く評価できる」と指摘。一方で、バッシングが激しかった2010年代には兵庫県小野市が「不正受給してはならない」などとする条例を制定した例を挙げ、「行政が受給者らの尊厳を守り、社会参加を支える姿勢を示す意義は大きい」と強調。その上で「今回の条例を理念だけで終わらせず、困窮者らが偏見にさらされず、地域の中で生活できる施策を具体的に進めることが大切だ」と話した。
現場の声
フードバンク「おりなす江戸川」代表の棚橋幹夫さん(78)は条例を歓迎する一方、「行政がやることへの協力を仰いでいるスタンス。支援団体や民間がやっていることを支援する内容にまで踏み込んでもらいたかった」と注文。利用者は増加の一途で、食品の保管場所やボランティア不足、高齢化など課題は山積みだ。同じく区内で活動するフードバンク「ジョイライフ」副会長の五十嵐英男さん(71)は「フードバンクに来る人は行政とつながれている人。本当に支援が必要な人に届けられていないのがむなしい。具体的な支援策につながるようにしてほしい」と求めた。



