日本海海戦から121年、対馬市で日露戦没者の慰霊祭
対馬沖で繰り広げられた日露戦争の日本海海戦から121年となった28日、長崎県対馬市上対馬町西泊地区の殿崎で、日露両国の戦没者約5000人を追悼する慰霊祭が営まれました。住民有志でつくる「対馬沖海戦先人の美挙継承委員会」などが主催し、「日本海海戦記念碑」前には住民や海上自衛隊員ら約30人が集まり、黙とうと献花を行いました。
平和への祈りと先人の美挙を継承
犬束俊治委員長はあいさつで、「世界各地で戦争や紛争が起きている。早急になくなるよう願い、先人の美挙を後世に伝えていきたい」と述べ、平和への強い思いを表明しました。参列者たちは記念碑に献花し、静かに祈りをささげました。
日本海海戦の歴史と地元の恩義
日本海海戦は1905年5月27、28日、対馬東側の沖合で戦われ、旧日本海軍の連合艦隊が旧ロシアのバルチック艦隊を壊滅させました。艦船から脱出したロシア兵約160人はボートなどで西泊地区と殿崎の海岸に漂着し、住民らから手当てや食事の世話を受けたとされています。地元では、敵味方を超えた人道支援の精神が語り継がれています。
慰霊祭は、こうした歴史を忘れず、平和の尊さを次世代に伝える場となっています。参加者たちは、世界の平和を願いながら、両国の戦没者に哀悼の意を表しました。



