旭日中綬章の受章が決まったアニメーション映画監督の富野由悠季さん(84)が、東京都杉並区で開かれた取材会で、率直な思いを語った。「絵が描けなくてもアニメの仕事はできる」と演出家としての自負を示す一方、制作現場への強い危機感も口にした。戦争がやまず混迷を極める世界を前に「希望のある物語は作れない」と語る富野監督は、今も新作に向けて絵コンテを切り続け「作らせてもらえれば、傑作になると思う」と言い切った。
裏方の顕彰、とてもうれしい
記者の「叙勲の受け止めをお聞かせください」との質問に、富野監督は「僕の作品は、アニメーターや色をつける人、トレース線を描く人、背景を描く美術、撮影と音響制作というスタッフの手仕事のたまもので、僕は基本的に裏方です。今回、その裏方に目をつけてくれている方がいるらしいと想像がつくので、改めて、テレビアニメとアニメ映画の制作スタッフが、クリエーターとして認められてきたと感じる。今回こういう形で僕が顕彰されたことで、絵が描けなくてもアニメの仕事ができる、演出の仕事ができるよと言える」と述べた。
さらに「アニメの裏方がこういう形で顕彰されたのがとてもうれしいと同時に、後進のスタッフ、これからこの世界に入ってこようという人で『自分は絵を描けないからアニメの仕事はできない』と思う若者に、むしろそれは全く逆だということを、改めて伝えたい。僕自身は絵が描けませんが、絵描きよりも、ドラマの企画を考えられているかもしれない」と語った。
また「デジタルの時代、きちんとしたストーリーもなく、パノラマみたいな絵を撮って『映画だ』と言う人も出てきています。『それは演出家ではない』と言いたい」と指摘した。
なくなった「センス・オブ・ワンダー」
富野監督は「僕の時代は、映画監督になるとか映画を勉強する人は、『センス・オブ・ワンダー』のある映像を作るというテーゼがあった。例えば、5、6カット、普通のカットがあって、キャラクターを追っかけているようなカットがあって、とんでもなく広い背景の絵がポンと出てきたりする。観客は物語に沿って、大きな背景の中の人物を探す。それを探すことがセンス・オブ・ワンダー」と説明した。
「デジタル技術がこれだけ浸透した今、映像にセンス・オブ・ワンダーがありますか? どんな絵でも作れるから、誰も驚かなくなっちゃった。CGって便利なものだから、コピーもできるし、自由に対象物を動かせる。でも、せっかく作ったからCGを一生懸命見せている、というような映画やアニメも出てきています。映像のセンス・オブ・ワンダーのある演出論、ドラマ論を忘れていしまっている」と懸念を示した。
「最近、もっと気になることは、画像が高解像度になりすぎて、毛穴まで見えるみたいなアップになってきた時に、毛穴が見えていいのかということ。毛穴が見えてほしくない登場人物もいるわけです。演出家がカメラ任せになってしまって、楽な作りの映画というものが出てきている。技術革新はいいんだけれども、きちんとドラマ的に計算して演出しようよ、と」と述べた。
記者が「監督は生成AIなど、技術の発展をどのように見ていますか」と尋ねると、富野監督は「技術が高度に、便利になってきていますが、それはドラマに似合っているのか似合ってないのかという演出眼が、今あんまり作動してないな、と感じます。アップを撮った時に、本当に便利な、いいカットが撮れるので、役者さんがちょっと良ければそれで持っていっちゃう。ドラマラインを追いかけるということを忘れているという映画もある。劇としてのプロセスを描くという努力をしなくちゃいけないよ、ということです」と答えた。
新作「作らせてもらえれば傑作に」
記者の「最近はどんなお仕事をされていますか」との質問に、富野監督は「新作を準備中で、自宅で絵コンテの作業をしていました。まるで実写作品のように調べないといけないことも多いです。まだ制作が始まっていませんが、作らせてもらえれば傑作になると勝手に思っています」と語った。
「監督にとってアニメはどんな存在でしょうか」との質問には「今日までのことで言うと、時代に生かされたという実感です。アニメというのは『仕事になるようなものではない』とか『大人がやるような仕事ではない』と見られていましたが、認知されてきました。税務署の青色申告の時に、鉛筆を必要経費として書いても認められるようになりました。社会的に認められるということが一番の安心感で、これでとりあえず死ぬまで何とかやっていけるのかなと思えたのが、40歳を過ぎたぐらいから」と振り返った。
「僕の場合には、ガンダムしかなくて、それ以外はなかった。ガンダムが終わったらどうしよう、ガンダムを超えるような企画を生み出さなくちゃいけないという悪戦苦闘の歴史しかなくて、楽しい仕事ではなかったなというのはありますが、一生懸命やる場を与えてくれたという意味で、資本主義体制の中で、業務として成立しているのは本当にありがたいと感じました」と述べた。
記者が「監督は今も創作意欲を持っていらっしゃると思いますが、その原動力はどこにあるんでしょうか?」と尋ねると、富野監督は「生活のためという理由がなければ、ギャラを稼ごうと思えるようなことがなければ、作りたいという衝動はないんです。本当の意味での創作能力はなかった人間だという自覚はあります」と語った。
「50歳過ぎてから、芥川賞を受賞した小説をなるべく読むようにしているのは、作家というのは何者なんだろうか?という思いからです。自分にはそれが全くできない。だけど、クリエーターでありたいと思うんだったら、小説が書けなくちゃいけないという命題がある。これは50年たっても突破できませんでした。それはものすごく悔しい。クリエーターである宮崎駿監督、同じ年に生まれているからなんとかしたいと思うんだけど、乗り越えられなかった」と明かした。
「そのような競争心が原動力に?」との質問には「そういうものがなければ、フリーで仕事をやっていると、ある意味、好きで仕事ができちゃうわけですよ。受けた仕事を黙ってやってればいいだけのことなんだけど、僕の場合で言えば、いつも巨大ロボットモノだとパターンで腹が立つわけです。ちょっと違うものを入れていきたいとなる。仕事がなければギャラがなくなる。本当の意味では創作欲というものがない人間だったので、住宅ローンが借りられるようなフリーのスタッフになりたいなと。フリーだと審査で落とされてローンを組めないんです。ローンを組めるようにするために、コンテを何本切るかっていうのが勝負になってきます。ギャラに見合うコンテというのはどういうことかというと、スケジュールを守ってみせるんです。これさえ守れば次の仕事が来る、という生き方も10年ぐらい続けました」と語った。
子どもにうそは言いたくない
記者が「監督が物語を作る上で大事にされていることはどういうことですか」と尋ねると、富野監督は「子どもたちという言い方になってしまうんですけれども、若い人たちに対してうそは言いたくない。ドラマの都合でうそを作るのもやっちゃいけない。ドラマ、ストーリーというものがあった時に、そのストーリーに対して、必要性を絶えず与えたいということです。つまり、巨大ロボットを動かしていて、宇宙人をやっつけるといった時に、そこに巨大ロボットを動かすだけの必然があるのかとか、そういう必然というものを付け加えなければいけないという努力はずっとしてましたね」と語った。
「巨大ロボットの時にはエネルギー論を無視しないような戦闘ものというのはあり得るのかな、みたいなものはこだわったし、好きで地球に攻めてきているのではなくて、やっぱり宇宙人側にも理由があるんだという、そういう作り方を意識していました」と述べた。
「今の若いクリエーターたちが、センス・オブ・ワンダーを感じられるような作品を作るには、何が必要ですか」との質問には「一般教養です。それは身につけておいてほしい。その上で言えるのは、あなたは何者なんだということを考えていただければいい。出身地のことを思い出し、それがあなたの感性であると思っている。センスには生まれた土地の空気感がある。地方性というのは大事。これがその人それぞれの個性になってくる」と答えた。
「今、動画がこれだけ氾濫している世界の問題というのは、特に視覚をものすごくフラットにしてしまって、感動を覚えないような視聴者になっちゃってるんじゃないのかなって気がしてる。だから気をつけて元に戻す、日常感覚の中で戻さなくちゃいけないよという感覚を持ってほしい」と語った。
希望のある物語は作れない
記者が「富野監督の作品には反戦のメッセージがあります。現在の世界情勢をどのように見ますか」と尋ねると、富野監督は「『機動戦士ガンダム』でフラットに戦争の物語を書けた時に、一番びっくりしたのは、戦争というのは原因があるということ。その原因というのは、古代社会の間、おそらく部族間闘争みたいな形で、かなり素因があって始めるということ。近代の不幸は、一人の独裁者の意志で大戦ができてしまうということを、ガンダムをやっている時に認識しました。ヒトラーまででこれは終わると考えていたし、ガンダムで『ニュータイプ論』というものを始めて、なんとか人類全体のレベルアップを期待しようと思っていたのに、第1次トランプ政権の時に『ああ、この人が大統領になった』ということで、まず『ニュータイプ論』はあり得ないということを教えられた」と語った。
「慌てて、アメリカの戦争史を解説してくれる記事を読むと、アメリカは絶えず戦争をしている。人類史の中で戦争というのはなくなりませんので、このままでいくと、まずい結果になる。アニメごときもので、希望のある物語を作っていいのかと言った時に、僕は今、それはできないような気がしている。ただ、そうは言っても作品を作らなくちゃいけませんから、ファンタジーというジャンルの中で作ることはできるかもしれないけれども、リアリズムで、つまり一番分かりやすく、実写で戦争映画はもう撮れない。どっちが勝っても絶対に地球は持たない。人類というものは、このまま消滅してもしょうがないかもしれないというところまで来ているような気がします」と述べた。
生活者としての感覚を
記者が「今、国はアニメなどのコンテンツ産業を輸出産業と捉えているところですが、どう感じていますか」と尋ねると、富野監督は「次の新しい才能が芽生えてきてほしいです。勝手の知ったようなものしかもうすでになくて、新しいキャラクターとか、新しい世界観を提示するものがあるのかと考えると、おおむね出尽くしているんですよね」と語った。
「最近のクリエーターについて感じることはありますか」との質問には「SFはジャンルの一つで、かなりこなれたところまで来てしまってるのに、きちんとそれを作劇する作家がいるのかという時に、いないよねと。ただ、次の時代の作品が作れないかというと、それは全然違う話。最近も教えられることがあって、小さな作品なんだけれども、日常というものはこれだけ変化しているので、日常の中でのわれ、という物語という部分は、まだまだ書ける余地が当然ある。これだけ人類が多いわけだから。そういう意味での小さな目線を持った作家が、特にマンガの世界でかなり出ているらしい。僕も負けたくないと思ったんだけど、僕の場合はもうタイプが決まったテーマでしか書けないかもしれない」と答えた。
「アニメを今後作っていく上でも大切にすべきところはどこでしょうか」との質問には「プロデューサーとか営業サイドの人間は、アイデアというものをクリエーターに対して投げかけていただきたい。きちんと言語化できるようにして、それをこちらに持ってくる、そういうフレキシビリティを持ってほしい。今、かなり生活空間の中で分化が起こっていて、1人の人間の感度がものすごく狭いところにいる気がしている。生活をしているという、生活者としての感覚を持ってほしい。一番初めに言ったとおり、地方が違うと空気が違う。違うというところを絶対的に意識するということをしたらいい」と語った。
本当の才能はそんなに出てこない
記者が「アニメばっかり見てるんじゃないぞってこともよく言われてますね」と尋ねると、富野監督は「実はファンに向けての話じゃなくて、僕自身に対してのことでもあった。周りにいる次の作り手が、言ってしまえば、アニメファン上がりなんですよ。本当に小説を読んでない、映画もろくに見てない。職業として楽にできると思い込んでいる部分があるのではと感じる。そうではなくて、作品を作りたいという、作家が集まってきてほしい。アニメというのはまだまだ成熟した媒体になっていなくて、後進に才能のある人を引き付けるだけの媒体になっていない」と語った。
「だけど、何のジャンルでも、才能はそんなに出てこないような気がする。クリエーティブができる人は本当に少ないのかもしれない。そうすると、それなりの作品を作れた作家はすごいと思う。後進がいて安心するっていう気分が持てるかというと、今の日本のアニメの状況では、そういうのがいない。この30、40年、仕事を通して一番それを実感したのは、次のガンダムを作れる人がいない。シナリオライター、演出家もいない」と述べた。
「ファーストガンダムのような作品を作れる才能が出ていない」との指摘に「だから、ファーストガンダムをまねしたような作品が出てくる。まねしてて、それを恥じない。どうしてか? だってすごいから、まねしていいじゃん、と。ちょっと待てって。それは作家じゃないだろうと。逆に言えば、だから今言った通り、才能が出てくるのは大変なことで、そういうのを待つしかない。ガンダムの場合、言ってしまえば40年待ってるだけです。40年待って次のやつが出てこない。年を取れば取るほど、体力の上でもう絶対に作れないっていうことが分かる。やはり次の才能を探せる、探せる目を持ちたいと思う。プロデュースの問題になってきますね」と語った。
誰も止められない戦争
記者が「作品の中で、特に思い入れの強い作品というのはありますか?」と尋ねると、富野監督は「今は『Gのレコンギスタ』ですね。今でも信じていることは、『Gのレコンギスタ』の持っている未来観というのは、決定的に重要なもので、20年たったら評価されるだろうと、現在でも思っています。人気がないのが、悔しいのですが」と答えた。
「ガンダムを作り続けた原点のようなものは何でしょうか」との質問には「必要だから、ガンダムを作ってきましたが、やったおかげで、分かったことがある。一番びっくりしたのが、戦争には原因があるということ。それは、しょせん、人だと。1人の人が戦争をやると言ったら、やっちゃっていた、というのが人類史だったということまで分かった。トランプ大統領はそれをやってしまった。その時に、なんでそうやって1人の人がやれるかというと、トランプ政権でつくづく分かったことがあるのが、人事権をもっている、それだけの話。周りに全部イエスマンで固められる。ゴーサインを出した瞬間に、戦争ができちゃう。これが人間の組織論のひどさ。トップに人事権を持っていた奴がいて、何回かゴーって言った瞬間に、それは誰にも止められなくなっちゃう。今の日本で言えば、高市早苗首相が、独り勝ちみたいなことを言って、ほめそやしているマスコミがいる。一生懸命みんなで止める方にいかないといけないけど、どこまでブレーキをかけられるか」と語った。



