岐阜から第2、第3の堀島を!恩師沢田氏が脱サラで次代モーグル選手育成に情熱
岐阜から第2の堀島を!恩師が脱サラでモーグル指導 (16.02.2026)

岐阜から世界へ!堀島行真選手の恩師が脱サラで次代育成に情熱

フリースタイルスキー男子デュアルモーグルで銀メダルを獲得した岐阜県池田町出身の堀島行真選手(28)=トヨタ自動車。その活躍の陰には、小学生時代から指導を続けてきた恩師の存在がある。同県スキー連盟フリースタイル部の沢田光宏部長(55)は、ある大きな夢を抱いている。「岐阜から第2、第3の堀島を」。次代のエース育成に向け、会社員生活に別れを告げ、指導者としての道を歩んでいる。

銀メダルに沸くパブリックビューイング

「さすがだ。銀なんてよくやった」。15日夜、岐阜県高山市内の商業施設で開催されたパブリックビューイング。沢田氏は中継画面に映る堀島選手の姿を目にし、感嘆の声を上げた。県内のスキー場で毎週末開催しているモーグル体験会の参加者ら約20人と共に観戦。その中にいた同市の二村歩華さん(9)は目を輝かせ、「ほのかもメダル取りたい。練習しなきゃ」と決意を新たにしていた。

体験会参加者から世界の舞台へ

元モーグル選手である沢田氏が体験会を始めたのは約20年前。当初は10人ほどの参加者だったが、堀島選手が活躍するたびに希望者が増加し、最近では毎回約30人が集まるようになった。「みんな堀島選手になりたい、と来てくれる。北海道や長野でなくてもできると思わせてくれる行真の存在は大きい」と沢田氏は語る。

初めて堀島選手と出会ったのは、彼が小学生で体験会に参加していた頃だった。当時はアルペンの大会にも出場していた堀島選手に、沢田氏は「モーグルやりなよ」と声をかけたという。「エアの回転速度が飛び抜けていた。小6の時には世界に行くと確信した」と振り返る。

脱サラの決断と指導環境の整備

中京大学在学中に世界選手権を制するなど、予感通り教え子は飛躍を遂げた。しかし、2018年の平昌オリンピックでは11位に終わり、沢田氏にとっても悔しい結果となった。その一方で、ある確信が生まれた。「きちんと環境が整えば岐阜でも勝てる選手が出るのでは」。もっと指導に時間を割きたいと考え、勤めていた建築資材販売会社を退社した。当時は大学生の子がいたが、「未来のモーグル界のため」と迷いはなかったという。

現在は春と秋に道路の危険箇所を点検する仕事で全国を回り、夏は北アルプスの乗鞍岳で、冬は岐阜県内のスキー場でモーグルの指導に携わっている。退職時には選手らの送迎用に15人乗りの中型バスを購入。高山市の自宅を合宿所として活用し、遠方から来る子どもたちも受け入れている。

限られた予算と手作りのコース整備

連盟からの予算は限られており、コブやジャンプ台などコース整備は費用をかけず自分たちで行っている。手間はかかるが、堀島選手の奮闘や、続こうとする後輩たちを思えば苦ではない。「行真が五輪に出てなかったら、ここまで情熱を持てたかな」。かつての教え子に背中を押される日々を送る沢田氏は、岐阜で教える未来のメダル候補たちにこう檄を飛ばす。「みんな、行真をやっつけんといかんぞ」。

岐阜の地から世界を目指す子どもたちの夢を支える沢田氏の情熱は、堀島選手の銀メダルという輝かしい成果をきっかけに、さらに大きな輪を広げている。地元から第2、第3の堀島選手が誕生する日が、今から待ち遠しい。