病室で響いた久しぶりの「お父さん」という呼び声
病室の静けさの中で、私は久しぶりに「お父さん」という言葉を口にしました。自分の子供が生まれてからは、ずっと「じーじ」と呼んでいたため、この呼称を発するのは何年ぶりだろうかと感じ、少し照れくさささえ覚えました。その後、何を話せばよいのか迷いながら、「こだまで来た」と伝えましたが、父からの返事はありませんでした。もしかすると、私が訪ねてくることは当然のことだと、父は最初からわかっていたのかもしれません。
父の教え「人と同じことをするな」
私が子供の頃、父はよく「人と同じことをするな」と口にしていました。その教えの影響は大きく、小学校の修学旅行の集合写真を見返すと、クラスメイト全員がピースサインをしている中で、私だけがそれをしていないことに気づきます。父の言葉は、私の行動や考え方の根底に深く刻まれていたのです。だからこそ、当たり前と思われるような話題は、父には話さない方がいいのではないかと、つい考えてしまいます。
子育てで「普通」を求めてしまう自分
しかし、自分が親となった今、私は自分の子供に対して「人と同じことをしなさい」と言っているような気がします。「普通はこうするよね」とか「普通はこういう考え方でしょう」といった、ごく当たり前のアドバイスをしてしまうのです。例えば、娘が「アイドルになりたい」と夢を語った時、私は「公務員になったり、資格を取る方が安定するんじゃない?」と、いかにも普通っぽいことを言ってしまいました。父の教えとは正反対の方向に、自分が進んでいることに、複雑な思いを抱きます。
母の言葉と父への思い
父について、母が「もう20年生かしてあげたかった」と語るのを聞き、私は「それはちょっとぜいたくだね」と返しました。でも心の中では、せめて1年、いや1カ月でも長く生きていてほしいと願わずにはいられません。父への感謝と未練が、胸の中で交錯します。
エッセーに綴る想い
お父さん、私はこの気持ちを朝晴れエッセーに投稿しようと思います。自分の思いを文章にすること自体、もしかすると「人と違う」選択かもしれない。でも、父が教えてくれた独自性を、こうした形で表現したいのです。どうか、このエッセーを読んでください。私の心の内を、少しでも理解していただけたら嬉しいです。
筆者:西岡清華(44) 東京都世田谷区



