現地で思考する旅の記録
土山優氏の新著『アンネは、なぜ死んだのか 十年間の旅の記録』(新日本出版社、1980円)は、歴史の悲劇と向き合う思索の旅を描いた一冊である。劇作家・演出家の長塚圭史氏が書評を寄せている。
「見ることは、知ることだ、考えることだ」
著者は疑問が生じると実際に現地に足を運び、思考を深める。その問いは時に児童書の中から見つけ出される。1950年代のフランス・アルザス地方を描いた絵本『アルザスのおばあさん』で、祖母を「オマ」と呼ぶ表現に注目する。「オマ」はドイツ語であり、アルザス語がドイツ語の方言であることを知る。フランスとドイツの国境地帯にあるアルザスは、独自の民族性を築いてきた。著者は現地でドイツ語とフランス語を実際に耳にする。
アルザスの悲劇とナチスへの抵抗
ヒトラー政権下、アルザスはドイツに併合され、第三帝国とされた。独仏休戦協定には明記されず、両国間の暗黙の了解だった。既に避難していたアルザス難民も連れ戻され、選別され、収容所に送られなかった者は「ドイツ人」とされ、適齢の男性は強制的に徴兵された。著者はその先のアルザスの悲劇に向き合う。
表題の問い「アンネ・フランクはなぜ死んだのか」について、フランク一家を支えたミープ・ヒースら協力者たちの勇気と努力、命をかけた原動力はどこから来るのかを探る。各地でナチスを許さなかった庶民たちに著者は熱い視線を送る。他にも、反ナチス活動で斬首された「白バラ」グループの学生たちとその家族の足跡、純血アーリア人増殖のために設営されたレーベンスボルンなどの現場を訪れ、思考する。コロナ後はロシアのウクライナ侵攻も垣間見る。
読者と共に旅する思索
読者は著者と旅をしながら凄惨な過去と現在に向き合うことになるが、暗くなることはない。そこには人間とは何かという大きな「問い」があり、そして期待があるからだ。列車の乗り換えに苦戦し、ビールとプレッツェルや偶然のお喋りを楽しみながら、著者は思索し続ける。これは極めて個人的な旅なのかもしれない。一人の人間が、歴史の中で不当に奪われた命と真っ向から対峙しているのだ。
数々の参考文献に読書欲を強くそそられるのも、著者の熱情と共に本書の特筆すべき点である。
評者プロフィル
長塚圭史(ながつか・けいし)は1975年生まれ。劇団「阿佐ヶ谷スパイダース」を主宰し、劇作家、演出家、俳優として幅広く活躍。2021年からはKAAT神奈川芸術劇場(横浜市)の芸術監督も務める。



