母とお赤飯の思い出、40年越しの感謝
母とお赤飯の思い出、40年越しの感謝

先日、思いがけない話を母から聞かされました。それは、私が看護師になるために親元を離れ、東京で寮生活を送っていた頃の出来事です。

看護学生の日々

看護学生だった私は、毎日勉強と実習に追われていました。食事も倹約のため、病院の質素な百円定食を利用していました。五十円でゆで卵を追加することもできましたが、それはごくまれなご馳走でした。このことを面白おかしく母に話していたのでしょうが、母はそんな娘を不憫に思っていたそうです。

母のサプライズ

そんなある日、母はお赤飯をこしらえ、慣れない電車に乗って私に会いに来たそうです。ところが、四十年以上前のこの出来事を私はまったく覚えていません。東京の駅を出て街を歩いていた母は、和菓子屋のショーウインドーにお赤飯を見つけて驚きました。「東京でもお赤飯は買えるんだ」と。母はお赤飯をお祝い事に振る舞われる田舎の料理と思い込んでいて、都会では食べられないであろう好物の赤飯を娘に食べさせたい一心だったと、ばつが悪そうに話してくれました。

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今も続く愛情

思えばあの頃、私は自分のことばかりで、母がどんな気持ちで娘を送り出したのか考えもしませんでした。ごめんなさい。そして今でも母は、還暦を過ぎた私のために、お赤飯を作ってくれます。ありがとう。

久保百香(六十二) 埼玉県加須市

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