クマ被害防止のヒントは上高地にあり
クマによる人的被害が全国的に増加する中、クマの生息環境を守りながら対策を模索してきた地域がある。長野県松本市にある山岳景勝地、上高地だ。しかし近年、インバウンドや若者を含む観光客が増加し、交流サイト(SNS)には上高地で遭遇したクマを至近距離で撮影したとみられる動画や写真が多く見られるようになった。関係者は安易な接近について、「自分や周囲の人がクマに襲われるリスクを高める行為」と警鐘を鳴らしている。
遊歩道近くに出没するクマ
上高地を含む北アルプス一帯は1984年、希少鳥獣生息地として国が鳥獣保護区に指定され、狩猟が制限されてきた。クマも生息し、2025年4月から11月の観光期間中、団体客が多い大正池から明神までのエリアで計193件の目撃情報があった。
クマの生息環境を保全しながら、人的被害を防ぐにはどうすればよいのか。地域が一丸となって対策を強化するきっかけとなったのは、2020年8月に起きた上高地初とされる人身事故だ。
上高地を象徴する河童橋から約300メートルの小梨平キャンプ場で、テントに泊まっていた50代の女性がクマに襲われ、足に軽傷を負った。その後の調査で、このクマが宿泊施設の外にあった冷蔵庫を開け、食料をあさっていた可能性が高いことが判明した。
餌付き個体を生まない取り組み
人の食料の味を覚えて執着する「餌付き個体」を生み出さないため、宿泊施設や食堂を営む民間事業者と環境省などが協力し、食料管理を徹底。冷蔵庫や保管庫を屋内に移したり、扉が壊されないよう補強したりした。臭いを発するごみ置き場や排水設備には、ふたなどを簡単に開けられない工夫を施してきた。
その結果、2020年に11件あった食料が荒らされるなどの被害は、2021年以降確認されなくなった。人身事故は2023年に韓国人男性が頭や腕に重傷を負った1件にとどまっている。
上高地の環境整備を担う一般財団法人・自然公園財団上高地支部の香取草平さん(31)は、「クマが多く生息する地域で対策が成功しているのが重要だ」と強調する。「一瞬の気の緩みが餌付きにつながるという意識が、地域全体に浸透している」と成功の理由を語る。
新たな懸念と対策
一方で、新たな懸念材料が浮上している。クマを刺激しかねない一部の観光客の振る舞いだ。市によると、2025年の上高地来訪者数は166万6800人に上り、旧安曇村を編入合併した2005年以降で最多を記録した。こうした中、遊歩道の近くなどでクマを見つけた人が撮影のために立ち止まったり、近寄ったりする行為が目立つようになった。2025年秋には、宿泊施設で構成する上高地観光旅館組合が注意を呼びかける動画を公開。環境省の上高地ビジターセンターでは観光期間中、クマの生態を伝える講座を毎日開き、遭遇時の対処法を伝えている。
香取さんは「自然の中にお邪魔しているという感覚を持ち、クマとの遭遇を避けるために鈴を鳴らすなど、人間側が配慮するよう心がけてほしい」と話している。
国指定鳥獣保護区とは
鳥獣保護管理法に基づき、環境相が「国際的または全国的な鳥獣の保護のため重要と認める区域」を指定できる。現在は大規模生息地、集団渡来地、集団繁殖地、希少鳥獣生息地の4区分で計85カ所が指定され、このうち上高地を含む北アルプスは富山、長野、岐阜の3県にまたがる11万9852ヘクタールで最も広い。



