愛知県は2026年6月2日、南海トラフ巨大地震の被害想定を12年ぶりに見直し、公表した。津波の浸水域が半減するなど、防災インフラの強靱化による一定の減災効果が示されたものの、死者は最大で約2万7千人に上ると推計。専門家からは「行政によるハード整備だけでは命は守りきれない。住民の防災意識を向上させ、社会全体で対策に注力すべきだ」との声が上がっている。
防災インフラの強靱化による成果
県南海トラフ地震被害予測調査検討委員会で会長を務めた名古屋大学の鷺谷威教授は、「沿岸で堤防などが改修され、過去に起きた地震の最大クラスであれば津波を防ぐ対策が進んだ」と述べた。2014年5月の前回想定から死者数は2千人減少。地質調査など最新データを反映させた影響もあるものの、鷺谷教授はこの12年間の津波・浸水対策が一定の効果を上げたとの見方を示す。
県内の海岸堤防は、1959年の伊勢湾台風を契機に高潮対策としてかさ上げが進められてきたが、地震で堤防が壊れると直後の津波で深刻な被害が出る可能性があった。このため県は、津波被害が想定される東三河などで、背後に住宅や主要道がある堤防を優先して耐震改修を実施。さらに県西部の海部地域では、海抜ゼロメートル地帯を流れる日光川で津波の遡上を防ぐ水位調整施設も建て替えた。県が2015年から進めてきた海岸堤防(30.8キロ)の耐震化は63%が完了した。県河川課の担当者は「これらの事業が浸水域の減少に寄与した」と語る。
地震対策の新たな課題
耐震化などハード面の整備が進んだ一方、新たな課題として浮上したのが液状化と住民の高齢化だ。最新の地形データなどに基づく見直しに伴い、液状化の危険度が極めて高い地域の総面積は835.4平方キロメートルとなり、前回想定より46.4平方キロメートル拡大した。
また、県内の高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)はこの10年で約2ポイント上昇し、2025年10月現在で25.91%に達する。液状化による建物被害や高齢による歩行困難で高台などへの避難速度が低下することを新たに考慮した結果、名古屋市や愛西市、津島市など一部の自治体では死者の想定が百~数百人単位で増加した。
県の防災担当者は「近年の大災害を踏まえ、より実態に即した調査をしたことで、変わらず多くの人が亡くなる想定が出た」と説明する。名古屋大学の福和伸夫名誉教授(防災学)は「国や県は10年前に死者数を8割減らし、家屋被害は半減させる目標を設定したが未達成のままだ」と減災対策の難しさを指摘する。
対策するのは行政だけではない
行政のハード対策に限界がある中、死者想定を減らす鍵は住民や企業によるソフト対策の徹底にある。愛知工業大学の横田崇教授(地震学)によると、すべての県民が建物の耐震化、家具の固定、感震ブレーカー設置、即時避難という4つの対策を徹底すれば、県内の死者を千人まで減らせる試算もある。津波から確実に避難するためには、地震の揺れでけがをしないことが重要だとし、「お金をかけなくてもできる家具の固定に加え、寝室だけでも壁に板を張るなど部分的な耐震化も有効だ」とアドバイスする。
南海トラフ地震では、隣県の三重県や静岡県の被害が愛知県より甚大だと想定される。広域連携の必要性が増す中、政府が11月の発足を目指す防災庁との連携も欠かせない。愛知県や三重県、国の被害想定づくりにも携わった福和氏は「愛知は隣県を全面的に支援しなければならない」と語り、全国からの応援や物資を受け入れる基幹的広域防災拠点(豊山町に建設中)の活用が鍵を握るとした。



