三重3区の衝撃、SNSが揺るがした30年の牙城 岡田克也氏落選の背景にネット選挙の新時代
三重3区衝撃、SNSが揺るがした30年牙城 岡田克也氏落選

三重3区の衝撃、SNSが揺るがした30年の牙城

2026年2月17日、衆議院選挙の三重3区(四日市市北部、桑名市など)で歴史的な結果が生まれた。自民党の石原正敬氏(54)が、中道改革連合の岡田克也氏(72)を破り、小選挙区制が導入された1996年から10回連続で議席を守り続けてきた岡田氏の牙城がついに陥落したのである。この結果を「歴史的」と評する声が多く上がっている。

選挙戦の流れとSNSの影響

公示日の1月27日から序盤は、従来通り「岡田リード」の情勢報道が伝えられていた。岡田氏は全国を飛び回り、仲間の応援に奔走するいつもの選挙戦を展開していた。しかし、2月2日ごろから状況が一変する。情勢報道に「接戦」の文字が現れ、特に40代以下の有権者からの支持が少ないことが明らかになっていった。

地元の陣営には焦りが広がり、最後の3日間は岡田氏が急きょ県内に張り付く事態となった。その背景には、インターネット上の交流サイト(SNS)で岡田氏に対するネガティブな投稿やショート動画が大量に拡散されていたことが大きく影響していた。

SNSで拡散された二つの「ネタ」

一つ目は、昨年11月の衆院予算委員会での出来事である。岡田氏が高市早苗首相(64)に安全保障に関する質問をした際、高市首相が「中国が台湾を武力で支配下に置くことは日本の存立危機事態になり得る」と発言。これが中国政府から「内政干渉」と反発を招き、SNS上では「岡田が質問したせいだ」とする誹謗的な投稿が選挙中まで繰り返された。

二つ目は、テレビ討論番組での「コントロール発言」である。岡田氏が日中関係について「国民感情をしっかりコントロールしていかないと」と語った部分が切り取られ、「上から目線」の印象を強調した動画がSNSに出回った。これらの投稿は、事実と異なる情報や感情をあおる偏った内容を含んでいた。

「ネット選挙元年」の現実

2024年が「ネット選挙元年」と言われ、SNSが有権者の選択に与える影響が注目されてきた。今回の選挙でも、情勢が接戦と伝えられる中盤以降、SNS上では「四日市や桑名の人はコントロールされないで」といった岡田氏の落選を促す運動が展開された。岡田氏を応援する投稿には反対派からのコメントが連なり、陣営関係者は「いわゆる『炎上』や『祭り』と呼ばれる状況だった」と説明している。

米メルトウォーターのSNS分析ツールによると、公示から投開票前日までの12日間で、岡田氏の名前を含むX(旧ツイッター)投稿は約13万7000件に上った。一方、当選した石原氏は約2万3000件であり、岡田氏の投稿数は他の候補より圧倒的に多かった。これらの投稿のうち、否定的な内容は4割を占め、石原氏の3倍以上の割合となった。特に選挙終盤には「落選祈る」といった投稿が相次ぎ、批判的な投稿が急増していた。

岡田氏の敗因分析と今後

投開票日の8日、全国で中道改革連合の苦戦が伝えられる中、三重3区は東海3県で最後まで結果が判明しなかったが、岡田氏の落選が確定した。比例重複での復活も惜敗率により接戦だったが、叶わなかった。

四日市市の中村町公民館で報道陣の前に現れた岡田氏は、敗因を「高市旋風とネット」と断言した。自身のネット対策を「不十分」と認めつつ、「相当いろんなデマや批判が渦巻いていた」と困惑の表情を見せた。さらに、「選挙中にショート動画でお金もうけをする人がいる。健全なことではない」とSNS規制の必要性にも言及した。

台湾有事に関する質問については、「高市さんが自ら必要だと考えてあの発言をされたと思います。私に追い込まれたのではない。質問した岡田が悪いなんていう人がいるけど、国会議員が国会で質問したことが悪いなんて言ってはいけないことだ」と弁解した。

30年間守り続けてきた牙城の陥落を受け、岡田氏は「結果は結果ですから。明日からやらなければいけないことを考えていきます」と語り、公民館を後にした。この選挙結果は、SNSが政治に与える影響の大きさを改めて浮き彫りにしたと言えるだろう。