地面に花びらを敷き詰めて大きな絵を描くイベント「インフィオラータ」が都内で初めて晴海で開かれて今秋で25年になる。鮮やかな「花絵」は今や国内各地を彩るようになった。どんな魅力が人々を引きつけているのか。花絵の第一人者、藤川靖彦さん(65)=東京都八丈町=に聞いた。
忘れられなかったキャッチコピー
イタリア発祥のインフィオラータは、キリスト教の行事として約400年の歴史がある。2001年10月13日、晴海の大規模都市再開発のイベントが都内では初めてで、手がけたのは藤川さん。当時も今もイベントプロデューサーだ。
再開発のイベント企画を依頼された藤川さんは、たまたま旅行雑誌でインフィオラータの存在を知った。「市民がつくる花のじゅうたん」のコピーが忘れられず、すぐにイタリア・ジェンツァーノ市に飛び、市長に晴海での開催協力を直談判。実現にこぎ着けた。イベント当日は約200人の市民が参加。イタリアのアーティスト10人も来日し、協力してバラで数々の作品をつくり上げた。
「感動的だった。インフィオラータの醍醐味は、市民がチームとなって一つの大きな花絵をつくり上げること。1人が担う面積はわずかでも完成した巨大な作品に、誰もが感動を共有できる」と藤川さんは語る。
「そこがインフィオラータの素晴らしさ」
晴海の成功を機に、藤川さんはイタリアのアーティストから技術を習得して花絵師に。東京のほか、大阪や札幌など各地でインフィオラータを開いてきた。これまでの開催数は500会場を超え、かかわった作品は約1800点に上る。一般社団法人花絵文化協会(東京都世田谷区)を設立し、代表理事を務める。
「見ず知らずの参加者同士の交流が始まり、リピーターになって次の催しに参加するケースもある。人と人を結び付ける、そこがインフィオラータの素晴らしさ」と強調する。
一方で東日本大震災や能登半島地震の被災地を訪れ、学校に花や種を贈るなど被災者を励ます取り組みにも力を注ぐ。2年前には仲間の音楽家らと協力し、能登に向けた応援ソング「明日という名の種をまこう」のCDも作った。「花の力でエールを送り続けたい」と誓う。
藤川さんがいだく2つの夢
花絵は6、7色の花のコントラストを生かして自由に図柄を考える。藤川さんを有名にしたのは歌川国貞などの浮世絵を題材にした「花歌舞伎」という作品。日本らしさが感じられるとして、海外での評価が高い。花絵の素材にはカーネーションやバラなどの花ばかりでなく、色をつけた砂を使うことも。近年は能登半島地震で発生した倒木をウッドチップとして活用している。
「子どものころ、美術が苦手だった自分が花絵師となっているのは驚き。こんなに続くとは思っていなかった」と振り返る。昨年2月、バチカンでの催しに招かれ、当時のローマ教皇をモチーフに作品をつくったことは忘れられない思い出だ。花絵の国際組織「エフェメラル・アート国際連盟」の理事でもある藤川さんは「東京を花絵の聖地にし、国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録を目指したい」と夢を描く。



