高田漣が語る渋谷の記憶 近くて遠い街の思い出
高田漣が語る渋谷の記憶 近くて遠い街の思い出

高田漣の東京物語:渋谷との距離感

昨今のアナログレコード人気は日本国内にとどまらず、海外の好事家までもが地方都市の中古レコード店を訪れるようになりました。時代の変化を実感します。

筆者の学生時代、憧れの場所は渋谷のファイヤー通りにあったハイファイ・レコードでした。しかし、そこには苦い思い出も刻まれています。その顛末は拙著の小説でも触れましたが、当時の私にとって渋谷は単なる情景ではなく、どこか恨めしさを帯びた特別な場所でした。吉祥寺から井の頭線ですぐの距離でありながら、渋谷はキラキラと輝く、遠い街だったのです。

シブヤ系全盛期の記憶

当時はシブヤ系が華やかなりし頃。流行に興味がないと意気込んでいた私は、異常なほどの対抗意識を燃やしていました。しかし、渋谷に到着する直前、路上で見かけたお洒落な人々に圧倒され、ある種の敗北感を抱いて逃げるように帰路につきました。あの日の帰りの井の頭線でヘッドホンから流れたはっぴいえんどの曲が、心に深く沁みたのを覚えています。

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フィクサーとの邂逅

数年後、音楽業界での仕事に少し慣れた頃、シブヤ系のフィクサーとして知られる牧村憲一さん(通称・牧爺)と出会う機会がありました。彼は父の先輩である小室等さんの裏方出身で、今でいうシティポップを黎明期から支えた人物です。母とも交流が深く、最近になって私が1歳の頃にすでに初対面していたことも判明しました。その出会いの場所が、かつて若者の音楽聖地だった渋谷のジァン・ジァン(現在は閉店)だったというから、なんとも感慨深いものがあります。

音楽の世界に入った頃、ようやく遠い世界にたどり着いたとほくそ笑んだものですが、渋谷は急行で20分弱の距離にある街だったのです。

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