「弱虫逃げ腰でもいい」山東京伝の新たな魅力を描く小説 元国語教諭が出版
「弱虫逃げ腰でもいい」山東京伝小説 元国語教諭出版

埼玉県さいたま市見沼区に住む元国語教諭の伊原勇一さん(72)が、江戸時代の戯作者・山東京伝(さんとうきょうでん)を主人公にした小説「弱虫逃げ腰山東京伝」を出版した。同作品は、物書きや絵師として多彩な才能を発揮した京伝を、臆病だが心優しい人物として描いている。伊原さんは「『強くあらねば』と自分を追い詰めがちな現代人にこそ、この本を手に取ってほしい」と願いを込める。

小説の背景と京伝の魅力

江戸時代中期は、出版物や貸本屋が広く普及した時代であった。遊里を題材にした「洒落本」や風刺の効いた挿絵入りの小説「黄表紙」が人気を博す一方、風紀取り締まりのため幕府による弾圧も厳しさを増していた。小説では、そうした時代に生き抜いた京伝の姿が生き生きと描かれている。

伊原さんは大学時代、黄表紙作家の恋川春町を卒業論文のテーマに選び、その縁で京伝にも以前から関心を持っていたという。8年前には、今回の作品の基となる小説を原稿用紙約250枚にまとめていた。しかし、何か物足りなさを感じて長らく机の引き出しにしまい込んでいた。ところが、京伝と深い関わりのあった版元・蔦屋重三郎を主人公にした昨年のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」を見て一念発起。約150枚を加筆・修正し、出版にこぎ着けた。

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独自の京伝像を構築

「自分なりの京伝のイメージをぜひ書いてみたかった」と語る伊原さん。作品の中の京伝は、版元に原稿料の話を切り出せず思い悩んだり、幕府の出版取り締まりで「手鎖50日」の刑に処されて心を痛めたりと、どこか弱々しい姿が印象的だ。この「弱虫逃げ腰」な京伝像は、「べらぼう」や他の時代小説に登場する京伝とは一味違う。伊原さんは古本屋で入手した史料や年表など100冊を超える文献を丹念に読み込み、独自の京伝像を築き上げたという。

伊原さんは「京伝は小説の中でよく涙を見せ、逃げ腰にもなるが、決して弱い人間ではない。次々と難題が押し寄せても、コツコツと仕事を続ける。そこに京伝の人間性が表れている」と語る。

伊原さんの執筆活動

伊原さんは市立浦和南高校の国語教諭だった1995年、江戸時代の文芸や絵画に関する市民講座で講師を務めた。後にその内容を書籍化したことをきっかけに、本格的に時代小説の執筆を始めた。

県立高校などで33年間教壇に立ち、55歳で早期退職してからは執筆に専念。これまでに歌川国芳や喜多川歌麿、鈴木春信、河鍋暁斎といった浮世絵師を主人公にした小説を出版しており、江戸時代の文化人を題材にするのは今回で5作目となる。

「書くことは生きること」

今回の小説の中で、京伝の妻・お菊はこんな言葉をかける。「あなたにとっては、書くことは生きること」。この言葉は、伊原さん自身が妻から実際にかけられた言葉を取り入れたものだという。

創作に全身を捧げた京伝の姿は、伊原さん自身の姿とも重なる。「自分の生涯の中でどうしても書かねばならない1冊だった。これからも創作意欲が続く限り、コツコツと書き続けていきたい」と語った。

問い合わせは郁朋社(電03-3234-8923)へ。

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