九段会館で起きた思わぬ出来事
マルチ弦楽器奏者であり執筆家としても活躍する高田漣氏が、自身の東京にまつわる思い出を綴る連載「私の東京物語」。第8回目となる今回は、父であるフォークシンガー・高田渡氏の死後に実現した、細野晴臣氏との九段会館ライブでのエピソードを中心に語る。
演奏旅行中に亡くなることを本望とする人もいるが、高田渡氏には心残りがあった。北海道から戻った直後に井上陽水氏との共演が決まり、さらに危篤中には細野晴臣氏からのオファーがあったからだ。そのオファーとは、埼玉県狭山市の稲荷山ハイドパークでの公演で、高田漣氏も参加した。
この公演では、参加ミュージシャンにギャラを払えないことを危惧した細野氏の提案で、東京シャイネス名義でのライブが東京・九段会館と京都大学で企画された。後日、福岡の西南学院大学も追加された。
爆笑の渦に包まれた会場
九段会館でのライブで、思わぬ出来事が起こった。細野氏が高田漣氏を紹介する際に、「漣くんは渡に『お父さんもYMOみたいな音楽をやればいいのに』って言ったんだってね」とトークを展開。会場は爆笑の渦に包まれた。当時小学生だった高田漣氏は、何の悪気もなく父にそう話したが、父は苦々しい空笑いを浮かべるだけだった。子供ながらに何かまずいことを言ったと察したという。
近しい人にしかしていないこの話が誰から伝わったのかと思っていたところ、終演後の打ち上げで、飛び切りおしゃれな革ジャン姿の人物が「あの話、細野さんに話したの僕だから」と明かした。なんとその人は高橋幸宏氏で、当時の高田漣氏のマネジャー経由で伝わったらしい。初めて話した高橋氏は別れ際に「今度は僕も誘うからね」と言ってくれた。
父の無念は計り知れないが、その縁があって今の自分がいると高田漣氏は振り返る。このエピソードは、音楽家としての成長と人とのつながりの大切さを感じさせるものだ。



