鳥の巣の収容所体験を取材すると聞いていたが、兎耳と鳥の巣が一緒にいるところはほとんど見かけなかった。鳥の巣がテラス席にいると、出かけようとしていた兎耳がひょいと同じテーブルにつき、くだけた様子で話しかけることは時折あった。鳥の巣は表情を変えず、訊かれたことにのみ短く返事をする。けれど、コーヒー一杯分くらいの時間で兎耳は席をたち、街へ繰りだしてしまう。二人の客室は隣同士なので、部屋で話を聴いているのかもしれない、と金ボタンは思った。
スモーキングルームは戦前のような深い夜の賑やかさを取り戻していた。連合国の高位軍人たちが出入りしていたが、優雅な生演奏が遮られることはなく、客も懐かしい顔ぶれが増えてきた。亡命していた政治家や思想家や芸術家たちが戻ってきたのだった。彼らは国の先行きについて盛んに語り合った。
欧州の国々の平和的な連携を説いていた男性に見覚えがあった。夜の湖のように黒く艶やかだった髪には白いものが交じっていたが、「東洋の小さな貴婦人」と呼ばれていた女性の息子だった。金ボタンは可憐な婦人の、卵のように滑らかな輪郭と隠し持っていた巾着袋を思いだした。
「お母様はいかがお過ごしですか?」
金ボタンは空いたグラスを下げながら男性に話しかけた。男性はかすかに目を見ひらき、「ああ」と顎先で頷いた。
「戦時中に天に召されたよ」
男性は金ボタンが森で鴉を肩に乗せていた子供だと気付かないようだった。もう二十年近くも前のことだ。
「そうでしたか。大変素敵な方でした。お祈り申しあげます」
金ボタンが胸に手を当てると、金ボタンの年若さに不思議そうな様子を見せたものの、紳士然とした態度で「母のために君も一杯飲んでくれ」と言った。



