世界的箏曲家・沢井一恵さんが85歳で死去 肺炎により
箏(こと)の表現に新たな地平を切り開き、国際的に活躍した箏曲家の沢井一恵(さわい・かずえ)さんが2月15日、肺炎のため死去した。85歳だった。通夜は19日午後6時から、葬儀は20日午前10時30分から、東京都目黒区下目黒3の19の1にある羅漢会館で執り行われる。喪主は長男の比河流(ひかる)さんが務める。夫は箏曲家で作曲家の故・沢井忠夫さんである。
京都府出身、8歳で宮城道雄に入門
沢井さんは京都府の出身で、幼少期から音楽の才能を発揮。わずか8歳で箏の巨匠・宮城道雄に入門し、本格的に箏曲の道を歩み始めた。その後、東京芸術大学を卒業し、1979年には夫の沢井忠夫さんと共に沢井箏曲院を創立。伝統的な箏曲の枠を超え、現代音楽やジャズ、ポップスなど多様なジャンルとの融合を追求した。
国内外のアーティストと幅広くコラボレーション
その活動は国内外に広がり、数多くの著名アーティストとのコラボレーションで知られた。主な共演者には以下の人物が含まれる:
- 作曲家の一柳慧さん、高橋悠治さん
- パーカッショニストの吉原すみれさん
- バイオリニストの五嶋みどりさん
- 米国の作曲家ジョン・ケージの作品を編曲・演奏
- 坂本龍一さんの箏協奏曲を初演
また、海外ではポップスやジャズの奏者と共演を重ね、米国、ドイツ、フランスなどの音楽フェスティバルに招かれるなど、国際的な評価を確立。世界ツアーも実施し、指揮者のシャルル・デュトワさんや佐渡裕さんとの共演も実現した。
五絃箏で新たな表現を追求
沢井さんは特に五絃箏の演奏に力を入れ、この楽器を用いて箏曲の可能性を大きく拡大。伝統と革新を融合させた独自のスタイルは、音楽界に大きな影響を与えた。その功績は、日本の伝統音楽を世界に発信する礎となっている。
長年にわたる活躍は、箏曲の普及と進化に貢献し、後進の育成にも尽力。その死は、音楽関係者やファンに深い悲しみをもたらしている。