舞鶴の赤れんが建造物保存活動に35年の歴史に幕、市が感謝状を贈呈
舞鶴市内に残る赤れんが建造物の保存・活用に35年間取り組んできた「赤煉瓦倶楽部」(吉岡博之会長)が、3月末で解散した。この長年の功績をたたえ、舞鶴市は感謝状を贈呈し、活動の終結を公式に認めた。
「舞鶴=赤れんがの街」のイメージ定着に貢献
同倶楽部は1991年6月に発足し、赤れんが倉庫群や神崎ホフマン窯の保存運動を中心に活動を展開。赤れんが倉庫群でのジャズイベント開催など、赤れんがの歴史と文化を次世代へ継承する取り組みを続けてきた。これらの努力により、「舞鶴=赤れんがの街」というイメージを地域に定着させることに大きく寄与した。
海軍カレーのレシピ本を現代語訳、観光客誘致にも貢献
活動の中では、1908年に編さんされた「海軍割烹術参考書」を現代語訳し、2007年から販売。この本には海軍カレーなどのレシピが記されており、現在でも多い時には月に200冊が売れる人気を博している。これにより、海軍グルメを活用した観光客誘致にも貢献し、地域経済の活性化に一役買った。解散に際しては、この参考書の版権を市に寄贈し、今後の活用を託した。
市長が謝辞、関係者は史跡活用への期待を語る
3月30日に市役所で行われた贈呈式では、鴨田秋津市長が関係者に感謝状を手渡し、「皆様の尽力を後世にしっかり引き継ぎたい」と謝辞を述べた。理事を務めた馬場英男さんは発足当時を振り返り、「『赤れんが倉庫なんて壊してしまえ』という声もあったが、多くの観光客が訪れるのを見ると残せて良かったと感じる。市内にはほかにも観光資源となり得る史跡が多くある。ぜひ生かしてほしい」と語った。
新たな歩みへ:舞鶴赤れんがパークの運営移行
現在、舞鶴赤れんがパークはアパレル会社が運営を引き継ぎ、若い感性を生かした新たな展開を始めている。これにより、赤れんが建造物の保存活動は一つの区切りを迎えつつも、その遺産は今後も観光や文化振興の核として活用されていく見込みだ。



