木内昇『惣十郎浮世始末』第285回 多津の言葉がお雅の胸に響く
『惣十郎浮世始末』第285回 多津の言葉がお雅の胸に響く (18.04.2026)

木内昇『惣十郎浮世始末』巻之二 第285回 多津の言葉がお雅の胸に響く

木内昇による連載小説『惣十郎浮世始末』巻之二の第285回が公開された。本作は江戸時代を舞台にした人情物語として多くの読者から支持を集めている。

薄暗い部屋での問いかけ

お雅は喉がしゃくり上げるような感覚に襲われ、うまく返事ができない状態だった。無言のまま、彼女は多津の部屋の襖を開けた。薄暗がりの中、臥せっている多津は目だけをこちらに向けている。

「ここにおいで」

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

まるで童女に語りかけるような柔らかな声に導かれ、お雅は多津の枕元にすとんと座った。多津はお雅の様子をじっと見つめながら、次のように問いかける。

「誰かに虐められたかえ」

お雅は「……いえ。どうしてそうお思いになったんですか」と答えるが、多津は「だって、お前が泣きそうな顔をしているからさ」と返した。途端にお雅は胸が潰れたようになり、それを気取られまいとうつむいた。

突然の惣十郎の話題

多津はさらに「お前は、惣十郎を好いてるのかえ」と急に言い出した。お雅は息が止まるほどの驚きを覚える。彼女は多津に一切、そんな素振りを見せていないはずだった。それに、なぜ今、多津が唐突に惣十郎の話を口にしたのか。座敷での会話がここまで聞こえるはずもない。

お雅は思う。もしかすると、多津はお雅を「郁」と呼ぶだけでなく、近所の女房や、ずっと前に鬼籍に入った姑と間違えているのかもしれない。近頃はそのようなことが少なくないのだ。

多津は続けて「こないだ、表で坊やと話してたろ。花の命は短いって」と言う。お雅は「坊や……」と呟く。隼太のことだろうか。そういえば、彼が枇杷を持ってここを訪ねてきた折、少し話をしたいと請われて、多津の部屋に近い庭先に誘ったのだ。眠っている多津を起こさぬよう小声でやり取りをしたはずだが、そのとき隼太の言葉を耳にしたということだろうか。

お雅は震えがくるほどの羞恥を覚え、身を硬くする。

多津の深い言葉

多津は「坊やの言う通りだよ。悔いのないようにしないといけない」と語りかける。お雅は「あたし、そんなんじゃ……」と口ごもる。彼女は続けようとした。惣十郎様はあたしなぞご覧になってないんです、もっと大事な、珠のように想っている方がおられるようなんです――しかし、声にした途端、この推量がまことになってしまいそうで、お雅は口を引き結ぶ。

多津は深い言葉を紡ぎ出す。

「自分の気持ちは自分が認めてやらないといけないよ。相手がどう思っているか、結ばれるかどうか、そんなことは二の次なんだ。心から好いた相手がいる、自分より大事にしたい者がいる。それだけで十分尊いことなんだよ。そんな気持ちになれた自分を、ちゃんといたわって、よくやったって褒めてやらなきゃいけないよ」

多津は言い終えるや、すっと目を瞑った。すぐに健やかな寝息が響いてきた。薄闇の中で、お雅は多津の手に手を添えた。喉をせり上がってきた嗚咽を漏らすまいと、身じろぎせずに耐えている。

作品の背景と展開

『惣十郎浮世始末』は木内昇による連載小説で、江戸時代の人情や人間関係を繊細に描き出している。本作は読者会員限定のスクラップ機能を利用して保存することが可能だ。最新話として、2026年4月19日午前5時20分に公開された。

同時間帯には、今野敏『任侠電器』第16回や千早茜『スモーキングルーム』第206回など、他の連載作品も更新されている。文学愛好家の間で話題を集めるこれらの作品は、日本の文芸シーンを豊かに彩っている。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ