奉行所から早帰りの惣十郎、女心の謎に思い悩む
秋らしくからりと晴れたある日、惣十郎が奉行所から戻ってきたのは、いつもよりずっと早い日暮れ前のことだった。お雅は朝から多津の布団を干し、彼女の体を拭き清め、部屋を掃き、布団を取り込むと、八つ過ぎに夕餉を済ませる多津のために粥を炊いて食べさせ、ようやく人心地ついたところであった。
「あれ、お早いですね。お迎えにも行けず申し訳ございません」
ちょうど買い物から戻った佐吉が詫びても、惣十郎は生返事を放ったきり。脱いだ羽織をお雅に渡すときも、「お夕飯、すぐ支度いたします」と声を掛けられたときも、心ここにあらずといったふうだった。
手早く整った夕餉も、惣十郎の心は晴れず
佐吉が買ってきた豆腐は冷や奴にし、刻んだ茗荷をたっぷり載せた。鰯の丸干しはこまめにひっくり返しながら焼き、油がしたたってきたところで火から下ろして皿に移す。幸い昼のうちに鰹と昆布で出汁はとってあったから、朝炊いた冷やご飯を出汁茶漬けにした。佐吉が配膳も手伝ってくれたおかげで支度は速やかに調い、惣十郎を長く待たせることなく済んだと、お雅は胸をなで下ろした。
しかし、膳を前にしても、彼はいつものように「旨そうだ」と目尻を下げることもない。灰がかった瞳を宙に泳がせ、「どういうもんかねぇ」と、口の中で言葉をこねている。
「どうなすったんです、旦那。さっきから妙ですぜ」
惣十郎の様子を窺っていた佐吉が、とうとう声を掛けた。
お粂の行動に疑問、女心の理解を求める
「いやぁ、お粂がどんな肚だったのか、どうもわからねぇからよ」
「例の件ですか。彦根の」
「ああ。弓浜の叔父ってのが、河岸見世でお粂を見付けて身請けしたんだと。けど、お粂は男女の係り合いになるのを拒んだってンだ。正妻に遠慮してのことでもねぇとしたら、どういう心の動きだろうかと思ってさ」
惣十郎は首を傾げながら、鰯の頭にかぶりついた。カリカリと小気味いい咀嚼の音が立つ。
「そいつぁ弓浜さんの訴えてる盗用とも、お粂が武器を造ってたって疑いとも、係りがないじゃあないですか」
同じく首を傾げて佐吉が返す。
「まぁそうなんだけどよ、気になるじゃねぇか」
お雅はふたりのやり取りを、お櫃の横に座して聞くともなしに聞いていた。と、不意に惣十郎がこちらに向いた。
「うちでお役目の話はしねぇと決めてるんだが、どうにも女心がわからねぇから、お雅、ちょいと教えてくれめぇか」



