スモーキングルーム第203回:令嬢の夢遊病と金ボタンの心の葛藤
スモーキングルーム203回:令嬢の夢遊病と心の葛藤 (15.04.2026)

スモーキングルーム第203回:令嬢の夢遊病と金ボタンの内なる混乱

ホテルのスモーキングルームで働く金ボタンは、銀のシガレットケースを取り出しながら、兵士との会話に耳を傾けていた。兵士は数本のタバコを抜き取り、部屋を横目で見ながら姿勢を正すと、囁くように言った。「お嬢様は夢遊病の気があるらしい、真夜中に寝巻き姿でお屋敷を歩きまわることがあったと聞いている。窓から飛び降りようとしたことも、な」。金ボタンは内心、その噂を知っていた。深夜、隠し通路を使って煙と令嬢がホテル内を回遊しているのを目撃していたが、お付きの兵士たちには気付かれていなかったのだ。

令嬢との秘密の交流と奇妙な贈り物

「また天使と散歩しにくるわ」と、令嬢はほほえんで車に乗り込んだ。金ボタンは胸に手を当てて「いつでもお待ちしております」と見送った。令嬢が去った後、ホテルには大きな木箱が届くようになった。中には食料や嗜好品が詰められ、木箱の表面には歪に傾く黒十字や、「血塗られた家」と噂される令嬢の家の社章がペンキで描かれていた。ジャム瓶たちは大喜びで煙を褒め称えたが、金ボタンは複雑な思いを抱えていた。

軍事物資の横流し品を喜ぶ従業員の姿を見たり、スモーキングルームで高官たちの戦略談義を耳にしたり、敵部隊を打ち破ったことを歓喜する新聞を読んだりするたび、彼は奇妙な心地を覚えるようになった。何かがおかしい、と感じるのだ。どう反応すべきか迷い、深く考えると、体の均衡がぐにゃりと保てなくなるような感覚に襲われる。自分の中の何に縋りつけばいいのかわからず、水中でもがくような思考に陥る。手が止まり、客に対する反応がわずかに遅れることもある。いけない、と背筋を伸ばし、慌てて日々の業務に集中しようとするが、心は揺れ動いたままだ。

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蝙蝠からの助言と金ボタンの孤独

「賢しいお前がめずらしいな」と、蝙蝠はべったりとした髪を櫛で撫でつけながら言った。「長いこと同じ仕事をしていると惰性的になることがある。刺激が足りないんじゃないのか。結婚でもしてみたらどうだ」。バーテンダーがグラスを磨きながらにやにやするのを横目に、金ボタンは即座に頭を振った。「無理だ、一人なんて選べない」。街や村の若い男性が減り、金ボタンは約束のない日がないほどもてていたが、それでも心の空虚は埋まらなかった。

金ボタンは少しずつ、自分の心が壊れていくような、透明な膜に覆われていくような感覚を覚えていた。令嬢の夢遊病の噂や、戦時下のホテルで繰り広げられる日常が、彼の内面に深い影を落としている。スモーキングルームの煙が立ち込める中、彼の苦悩は静かに広がり続ける。

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