初めて経験する長旅の疲れと、見知らぬ土地で新たな生活が始まる緊張感。指先をぎゅっと握って、手の震えを必死に抑えていた。
連載:移民ビジネスを追う 第2部 ネクスト・ベトナム
外国人労働者の受け入れを巡る現場に迫る連載「移民ビジネスを追う」の第1部では、最大の送り出し国ベトナムで日本行きの魅力が低下し、人材の募集が難しくなっている実態を伝えた。第2部では、ベトナムに続く新たな送り出し大国「ネクスト・ベトナム」として注目される各国の現実を描く。
4月下旬、千葉県袖ケ浦市の介護福祉施設「袖ケ浦菜の花苑」。この日の早朝にミャンマーから日本にやって来たセインヌェーモーさん(29)は早速、就労先となる施設内の見学をして回った。
セインさんはミャンマー北部ザガイン地域出身。2021年の軍事クーデター以降、激しい戦闘に巻き込まれた地域だ。民政時代は大学に通ったが、コロナ禍による長期の休校に加え、クーデターで教授陣が退職し、友人とともに一斉に中退した。
実家は国軍と抵抗勢力の戦闘で焼失した。最大都市ヤンゴンで避難生活を送ったが、母親が糖尿病を患い、治療費が必要になった。ヤンゴンでは自国の通貨安に伴う物価の急上昇で市民の4割以上が貧困に苦しむ。セインさんが働いていた砕石工場の月収は平均的な2万2千円程度で、母親を支えながらの生活は行き詰まった。
活路を求めたのが日本への出稼ぎだ。日本語学校に通い、特定技能の試験に合格。介護施設の内定を得て、勉強を始めてから3年越しの希望がかなった。成田空港に到着すると、安堵で涙があふれた。
特定技能の在留期限の5年以内に介護福祉士の国家資格を取得すれば、家族帯同で長期の滞在が可能になる。セインさんは「安心できる環境で一日でも長く日本に住みたい」と、ささやかな幸福を願う。
若者の国外脱出が加速
「彼女のように日本に骨をうずめる覚悟の若者が急増している」。ミャンマー人を中心に人材紹介を手がける「ディーラボ」(東京)代表の吉岡久博さん(62)は、将来の希望を失った若者が相次いで国外脱出していると指摘する。
日本で働くミャンマー人は軍事クーデター前年の20年時点で3万1410人だったが、25年には16万3311人と5年間で5倍に急増した。
セインさんのように高等教育の途中で中退を余儀なくされた学習意欲の高い人材が多く、「高い日本語能力が求められる介護現場で引き合いが強まっている」。実際に同社への求人は絶えず、企業から追加の依頼が寄せられるほどだ。
軍政の規制強化と新たなリスク
ただ、政治が不安定な国への人材依存はビジネス上のリスクをはらむ。ミャンマー軍政は相次ぐ人材流出に規制を強化。昨年、出稼ぎ労働者の出国に必要な「海外労働者身分証明カード(OWIC)」の発給を大幅に減らし、日本側の採用計画に狂いが生じている。
採用が決まったミャンマー人の一部は、現地で半年以上にわたって足止めされており、吉岡さんは本人や企業へのフォローに追われている。「企業側には頭を下げて、内定キャンセルのないようお願いしている」
軍政の規制を逃れようと第三国経由の出国ルートも生まれている。今春来日した女性(25)は、OWICが取得できなかったため、ミャンマー北東部シャン州タチレクに移動してタイへ陸路で渡り、バンコク経由で日本に来た。
現地の手引き役には、既に支払い済みの50万円に加えて追加の手数料23万円を支払い、出国した。負担は重かったが、「できるだけ早く日本に行きたかった。タチレクには同じようなミャンマー人が多かった」と証言した。
現地の事情に詳しい人材紹介会社の関係者は「合法的か微妙な手法で、手引き役に高額な手数料を搾取される事例が出ている。本人が一時帰国した際には、再出国できない可能性が残るなど、受け入れ企業にとっては別のリスクもはらんでいる」と明かす。
「彼らに働いてもらうことは日本なりの貢献だ」と考える吉岡さんには、受け入れた若者の屈託ない笑顔が焼きついている。ベトナムに続く送り出し国として台頭する新興国は多いが、抱える事情は一様ではない。



