水俣病認定訴訟、福岡高裁も原告7人の控訴を棄却 公式確認後70年経ても患者認定されず
水俣病訴訟、二審も棄却 原告7人全員を患者と認めず

水俣病認定訴訟、二審判決でも原告7人の請求を棄却 福岡高裁が判断

福岡高等裁判所は2026年4月23日、水俣病患者としての認定を求める熊本県と鹿児島県在住の男女7人による控訴審判決を言い渡した。高瀬順久裁判長は、一審の熊本地裁と同様に、原告全員の控訴を棄却する判断を示した。この判決により、原告側の訴えは退けられる形となった。

原告は1956年前後に生まれた66歳から73歳 幼少期に汚染地域で生活

原告7人は、水俣病が公式に確認された1956年前後に生まれた66歳から73歳の男女である。彼らは、原因企業であるチッソの水俣工場が排出した有毒なメチル水銀を含む廃水によって、不知火海の汚染が深刻化していた時期に、胎児または幼児として生活していた。

その後、手足のしびれやふるえ、こむらがえりといった症状に苦しみ、水俣病に特徴的な手足の感覚障害も訴えている。公害健康被害補償法に基づく患者認定を県に申請したが、認められなかったため、2015年に提訴に至った経緯がある。

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一審判決では汚染を認めるも、因果関係を否定 二審も同様の判断

一審の熊本地裁判決では、原告全員がメチル水銀による汚染を一定程度受けていたことを認め、一部の原告については高い濃度での汚染も認定していた。しかし、症状が現れたのは、水銀による汚染が終了してから20年から30年が経過した後であり、水銀が原因であるとは合理的に説明できないと結論づけていた。

福岡高裁の二審判決も、この一審の判断を支持する形で、原告側の主張を退けた。裁判所は、症状の発症時期と汚染時期の時間的な隔たりが大きく、医学的な因果関係を立証するのが困難であると判断したものとみられる。

水俣病公式確認から70年 新たな認定を巡る課題が浮き彫りに

水俣病が公式に確認されてから2026年で70年が経過するが、今回の判決は、未だに新たな患者認定を求める人々が存在し、その道のりが険しいことを示している。原告らは、幼少期に汚染地域で生活した経験を持ちながら、長年にわたる症状に苦しみ続けている。

この訴訟は、公害健康被害補償制度の適用範囲や、時間が経過した後の因果関係の立証の難しさといった、社会的な課題を改めて浮き彫りにした。今後の対応や救済策を巡って、関係者の間で議論が続くことが予想される。

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