平城京と大宰府で出土の「温石」が完全一致 新羅からの規格品の可能性浮上
平城京と大宰府の温石が一致 新羅からの規格品か

古代の医療具「温石」が平城京と大宰府で完全一致 新羅由来の可能性

熱した石を患部に当てて症状の緩和を図る古代の治療具「温石(おんじゃく)」とみられる石の破片が、平城京北東部の遺跡で出土しました。この楕円形で厚みのある形状は、九州北部の大宰府跡で過去に出土したものと完全に一致していることが明らかになりました。専門家は、朝鮮半島の新羅からもたらされた「規格品」の可能性を指摘しており、古代の医療技術や国際交流の実態解明に向けた注目が集まっています。

平城京の寺院跡から出土した温石の特徴

石が出土したのは、民間調査機関の元興寺文化財研究所(元文研、奈良市)が2024年に発掘調査を実施した、同市法蓮町の寺院跡とみられる遺跡です。この付近では約70年前に「小治田(おはりだ)寺」と書かれた土器が出土しており、飛鳥時代の女帝・推古天皇の小治田宮の跡に建立された寺が、奈良時代に飛鳥から移転してきたと推定されています。

出土した石は奈良時代後半から平安時代初めの溝から発見され、縦横約11センチ、厚さ約5センチの大きさです。半分ほどに割れているものの、元はぶ厚い文庫本ほどのサイズで、中央がふくらんだ楕円形をしていたと見られます。素材は滑石と呼ばれる軟らかい石であり、割れた面には石綿状の結晶構造が確認できます。

海外産の石材と大宰府出土品との一致

調査を担当した元文研の江浦洋技師は、「この石材は日本ではあまり見られない特徴を持っており、海外産の可能性が高い」と指摘しています。江浦技師は類例を探す過程で、九州北部の大宰府跡で出土した温石と形状がぴたりと一致していることを発見しました。この一致は偶然ではなく、両者が同一の規格に基づいて製作されたことを示唆しています。

大宰府は古代の外交・貿易の拠点として知られ、朝鮮半島との交流が盛んでした。そのため、平城京と大宰府で同じ形状の温石が出土したことは、新羅から医療具として規格品が搬入され、国内で広く使用されていた可能性を強く示しています。この発見は、古代日本の医療技術が国際的な影響を受けていた実態を浮き彫りにする貴重な証拠となりそうです。

古代の医療交流と今後の研究展望

温石は患部を温めることで痛みや凝りの緩和を図る民間療法の道具として、古代から利用されてきました。今回の出土品が新羅由来の規格品であれば、当時の医療知識や技術が朝鮮半島から日本へ伝播した経路を具体的に示す事例となります。さらに、平城京と大宰府という遠隔地で同一品が確認されたことは、古代国家による医療物資の流通システムの存在をも暗示しています。

今後の研究では、石材の産地分析や他の遺跡での出土状況の調査が進められる見込みです。これにより、古代東アジアにおける医療文化交流の全体像がより鮮明に描かれることが期待されます。専門家は、この発見が歴史学や考古学のみならず、医学史の観点からも重要な知見をもたらすと評価しています。