新発田市、アスパラガス一大産地の誇り 約40年の歴史と地域活性化の取り組み
新発田市、アスパラガス一大産地の誇り 約40年の歴史

新潟県新発田市は、国の減反政策などを背景に約40年前からアスパラガスの栽培を始め、今や一大産地に成長した。収穫が最盛期を迎える晩春から初夏にかけて、直売所には採れたての大きな限定品が並ぶ。今年は5月24日で閉幕したが、地元飲食店などによる創作料理を楽しめるキャンペーンも毎年開催されている。市内外から旬の味を求める大勢の観光客が訪れ、一帯はさながら「アスパラ天国」の様相を呈している。

キャンペーン「食のアスパラ横丁、味めぐり」

市内の道の駅加治川内にある「サクラカフェ」では、人気の生姜味噌ラーメンに焼きアスパラガス2本をトッピングしたメニューを提供。アスパラガスの甘みが塩気のあるスープのアクセントとなり、絶妙な味わいだと評判だ。親子連れなどが立派なアスパラガスに笑顔で箸を伸ばしていた。

このラーメンは、サクラカフェがキャンペーン「食のアスパラ横丁、味めぐり」の期間中に限定販売したもの。市やJA北新潟などが中心となり、アスパラガスを地域おこしや市のPRに生かそうと始まったこのキャンペーンは、今年で20回目を迎えた。市によると、例年7000人以上が訪れるという。

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今回は、和食、洋食、中華、カレー店やカフェなど67店が参加。各店は、この時期にしかない極上品を使ったご飯物や麺類、ピザ、菓子類などオリジナルのメニューを提供した。

限定品「ふとっパラ」と「ふとっパラプレミアム」

直売所などでは、この時期だけ販売されるアスパラガスも人気を集めている。5月中旬までに収穫されたものの中で、重さ40グラム以上、根元の直径が50円硬貨と同程度のアスパラガスは「ふとっパラ」と名付けられている。さらに希少性が高い「ふとっパラプレミアム」は、70グラム以上で500円硬貨と同程度以上の太さだ。棚に並ぶと、「幻のアスパラガス」として瞬く間に売れていく。

生産の歴史と取り組み

「太くて甘く、軟らかい」として知名度が高まり、県内一の出荷量を誇る新発田市で、アスパラガスの生産が始まったのは1987年頃。元々はコメや葉タバコを生産する農家が多かったが、減反や葉タバコの廃作によってアスパラガスに転作していった。市内には水はけの良い土壌が広がり、栽培に適していたことも理由の一つだ。

生産者、栽培面積ともに増え、JA北新潟は1994年にアスパラガス部会を設立。一大産地を目指し、本腰を入れた。佐賀県から講師を招いて研修会を開いたり、栽培技術を試行錯誤したりするなどした。JAでアスパラガスを担当する榎本英之さん(54)によると、2008~11年のピーク時には約38ヘクタールで栽培され、生産者は200人を超えた。

JAアスパラガス部会長の横野正之さん(49)は、約25年の生産歴がある。収穫期は毎日の作業がほぼしゃがみっぱなしの重労働だが、「おいしいって喜んでもらえるから、作りがいがある」と生産者としての誇りを語る。

新発田市の魅力

新発田市は県の北部に位置し、新潟市中心部から車で約40分。人口は9万152人(4月末現在)。江戸時代には新発田藩10万石の城下町として栄えた。新発田城(国重要文化財)は、三階櫓に全国的にも珍しい3体の鯱が配されている。越後米や新発田牛、県を代表するブランドイチゴ「越後姫」などの農産物も豊富。月岡温泉は、大正時代に石油を採掘した際、偶然湧いたことを起源とする。

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他の地域の特産品

市町村単位や地区など、特定の狭い地域で生産されている農産物は各地にある。茨城県稲敷市の江戸崎地区は「江戸崎かぼちゃ」の主産地だ。昭和40年(1965年)代、地元農家が市場性の高い点に着目し、土壌の水はけが良かったこともあって生産が始まった。生産者は21人で、2025年度は約275トンを出荷した。富山市の西にある丘陵地で採れる「呉羽梨」の歴史は明治30年(1897年)代に遡る。土地に合う作物として広がり、約250戸が約125ヘクタールで栽培し、25年度は1460トン以上を出荷した。時期をずらして幸水、豊水、秋月、新高といった品種を収穫している。